「日本一学校を回るお笑いコンビ」。そんな異名のある2人は、芸人として700校以上を訪問し、延べ約9万人の児童・生徒を前に講演やワークショップを繰り返す一方、大学や短大などで非常勤講師も務める。二足のわらじを履いた結成10年目のコンビが「笑い」で子どもたちに伝えたいメッセージとは。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)
コント交じりの授業
2023年7月中旬、狛江市立狛江第二中学校で、「相手が喜ぶ会話表現をしよう」というワークショップ型授業が行われていた。1年生の前に立っていたのは、ボケ担当の矢島ノブ雄さん(36)と、ツッコミ担当の野村真之介さん(34)のコンビ「オシエルズ」だ。
「たくさんリアクションをして、たくさん話を聞いて、笑うときは笑って、共感するときはうなずいて。そうしないとみんなが失敗できなくなるし、みんなが前に立ちたくなくなる」(矢島さん)、「自分の考えを人に見せるのは、なかなか勇気がいる。誰かが発表したら『いいね』と言ってあげて、互いに良い雰囲気を作っていくことが大事」(野村さん)。漫才やコントを交えた授業に、生徒たちが引き付けられている。
「出席名簿」というコントが終わったときのこと。コントは、クラス全員、名前が「翔」で、さまざまな読み方をするという設定なのだが、拍手が収まったころ、矢島さんは「僕は『翔くん』という子が実際にいたときに、このネタを見てどう思っているのか、毎回気になるんです」と切りだした。
「自分の名前がいじられているような気がして、正直笑えなかったかもしれない。次の日から学校で、コントのあだ名で呼ばれるんじゃないかって不安になるかもしれない」。声を張る矢島さんに注目が集まる。「お笑いって100人いたら1人や2人はどうしてもモヤっとしている。僕たちはそれを考えなきゃいけない。みんなにも(笑いは)一歩間違えるといじめにつながることを覚えていてほしい」。少し前まで笑い声を上げていた生徒たちは、真剣な表情で耳を傾けていた。
お笑いの道は「いじめがきっかけ」
23年で結成10年になる2人がお笑いの世界に足を踏み入れたのは、いじめがきっかけだ。
矢島さんがいじめを受けたのは小学4年生のとき。同級生から「デブ」などとからかわれ、「いじられることが嫌で学校に行きたくない日もあった」と振り返る。そんな自分を変えたのは、太った体を使って笑いを取っている芸人だったという。「お笑いでは、コンプレックスが武器になり、マイナスをプラスに変えられる」。勇気を出し、全校集会で同級生とコントを披露すると、クラスで「一目置かれる存在」になったそうだ。
野村さんは中学2年生のときに「ガリ勉」とからかわれた。「見返したい」との思いで、所属していた生徒会の友人と漫才をしたところ、大盛況だったという。「漫才をするのが単純に楽しくて、その時から芸人になりたいと思っていた」と語る。
そんな2人の出会いは、大学時代に出場した学生向けのお笑いの大会。互いに別々のコンビで出場したライバルだったが、後に矢島さんが野村さんに声を掛け、2013年、「モクレン」というコンビを結成した。
生徒から直接相談、女子児童から手紙も
当初は苦労の連続だったという。オーディションに落ち続け、アルバイトで食いつなぐ日々。知り合いの紹介で「コミュニケーション力」についての企業研修などを担当したこともあったが、なかなか本業では売れない。「ただただつらかった」(矢島さん)、「お笑いをやりたいけれど、どうすればいいのか分からなかった」(野村さん)と述懐する。
コンビで学校や教育にかかわるようになったのは、結成から2年がたったころ。大学准教授(当時)らが立ち上げた教員・学生向けサイトで動画コーナーを任されたのが始まりだ。コーナーは、お笑いを交えて教育課題を解説するもので、2人は2週間に1度、「アクティブ・ラーニング」などをテーマにしたコント動画をアップ。17年に矢島さんが学校生活と笑いをテーマにした本を出版したこともあって、教員の間で認知度が高まり、学校の講演会に呼ばれるようになった。
講演後、生徒から直接相談を受けることもあるという。ある女子児童からの手紙には、こんなことが書いてあったそうだ。「今までは自分のあだ名でみんなが笑っていたから、面白いんだと思っていた。自分が傷ついたことにも気付けていなかったけれど、授業を聞いてやっぱり嫌なんだと思い、友達に伝えたら誰も呼ばなくなりました」
「100%人を傷つけないネタはない」
昨今、「人を傷つける笑い・傷つけない笑い」が議論されることもある。「お笑いも一歩間違えればいじめにつながる」と話す2人に、お笑い界の現状をどう分析しているのか、尋ねてみた。
―最近は、「人を傷つける笑い・傷つけない笑い」について議論されることもあります。
(矢島さん)テレビのお笑いはショーの要素があり、フィクションも交じっている。ただ、僕らが生きている現実世界は違う。実際のコミュニケーションでは、その笑いを使っていいのか悪いのかをきちんと考えないといけない。実生活に笑いを応用する上で、ユーモアに関するリテラシーも大事な教育の一つだと思う。
―現状として、お笑い界は「傷つけない」方向に向いているのでしょうか。
(野村さん)傷つけない笑いに向いているとは思う。ただ、笑いはグラデーションなので、ここからが傷つける笑いでここからが傷つけない笑いだとは言い表せない。その区別を決めた瞬間に、それが新しいフリになって、またギリギリのゲームが生まれるだけ。100%人を傷つけないネタはないと思う。
―日常の笑いで私たちが気を付けることはありますか。
(矢島さん・野村さん)コミュニケーションで使われる笑いの根底に流れているのは、相手にいい時間を与えること。受け手の気持ちを大切にしながら、どのような心構えで笑いを使うのか、1人1人考えることが大事だと思う。
「M―1で優勝しても学校に」
「今ではありがたいことに頂いた仕事で食べていけるようになった」というオシエルズだが、テレビに出るのは年に3回ほど。23年も若手漫才師の日本一を決める「Mー1グランプリ」に挑戦中で、「ネタでテレビに出られたら最高。お笑い界に爪跡を残したい」と矢島さん。野村さんは「トップ100ぐらいにはいきたい。とにかく芸人として認められたいですね」と笑う。
2人とも、仮にM―1で優勝したとしても、次の日は学校に行きたいそうだ。「お笑い芸人として、社会課題の解決に向けた授業をさせていただける。感謝しかない」と口をそろえる。学校現場で一番伝えたいことは何だろう。2人はまた同じことを言った。「面白いか面白くないかより、誰かが前に出て発表する勇気を認める。チャレンジを支援できる人、そして自分らしさを大事にする人になってほしい」