会員限定記事会員限定記事

「いい大学からいい会社」はもう古い?起業サークル活況、ベンチャーへの道【時事ドットコム取材班】

2022年11月06日08時00分

 起業に関心を持つ学生が増えています。学生ベンチャーの数も年々右肩上がりで、全国の大学では、起業部や起業サークルを設立する動きも活発化。長引く経済低迷から抜け出せず、新型コロナウイルスの影響で社会生活も大きく変容した日本で、なぜ若者は、成功が約束されたとは言えない起業に乗り出すのでしょうか。記事の前半では最近の学生事情を、後半では、起業の失敗を描いて話題になった漫画や専門家の話を紹介します。(時事ドットコム編集部 谷山絹香)

 【時事コム取材班】

「やりたいことを仕事に」

 「イベントの運営に興味がある人は声を掛けて」「この問題の解決フローはどうしよう」。2022年10月中旬、上智大学の起業サークル「Sophia Start-up Club」では、学生らがグループに分かれ、インターンシップの情報交換をしたり、プロジェクトの進展状況の確認をしたりしていた。和気あいあいとした雰囲気の中、表情は真剣そのものだ。

 Clubは学内でビジネスコンテストを企画するなど、精力的に活動しているサークルの一つだが、約1年半前に設立されたばかり。立ち上げたのは、当時1年生だった酒井天音さん(20)=経済学部経営学科2年=だ。「他人の軸ではなく、自分の軸で人生を生きていきたい、自分のやりたいことを100%できるのは何だろうと調べたときに、起業家という選択肢が出始めました」。こう話す酒井さんは入学後、「自分のように起業を志す学生が集まれる居場所を作りたい」と、インターネット交流サイト(SNS)でサークルのメンバーを募った。呼び掛けツイートには180件を超える「いいね」が付き、LINEのグループには160人を超える学生が集まったという。

 「こんなに起業に興味がある学生がいるなんて驚いた」と当時を振り返った酒井さん。「『いい大学に入学していい会社に入る』という価値観が壊れてきているのではないか」と分析し、「新型コロナウイルスの影響で、自分の将来についてより考えたり、今までやってこなかったことに挑戦する機会が増えたりしたメンバーも多い。その中で、大企業だから入るのではなく、自分の本当にやりたいことを仕事にしたいと思う学生も増えたのではないか」と話す。

学生起業家「常にワクワク」

 Clubには既に起業した学生もいた。八太(はった)菜々子さん(20)=法学部地球環境法学科3年=は入学翌年の21年11月、都市部に住む若者の地方滞在や伝統文化とのふれあい体験などをプロデュースする会社を立ち上げた。高校時代に食品ロスなどの環境問題に関心を持ち、大学入学後、生産現場を見て回った際、「環境問題だけを切り取っても、地域の社会課題はどうにもならない。それなら地域づくり自体にフォーカスした方がいいのではないか」と感じたという。

 八太さんは「リーダーとして、同じ熱量を持つ仲間集めやチームづくりには、大変なこともあった。経験値も圧倒的に少ない」と語る。苦労も多いのだろうが、「やってよかったです。常にワクワクしているし、起業したからこそできたつながりもある」と笑顔で話した。今後についても、「自己満足で終わるのではなく、雇用を生み出すなど、きちんと社会に還元できるぐらいの利益を出せるようになりたい」と前向きだ。

学生ベンチャー、4年で1.7倍

 Clubのように学生が主体となってサークルを立ち上げたり、正規の部活動として大学などが起業部を設けたりする例は増加傾向にある。起業支援を手掛けるガイアックス(東京都千代田区)によると、全国の大学や高専、高校にある起業サークルや起業部は、2022年8月時点で43団体あり、調査を始めた18年(20団体)から約2倍に増加。「大学発ベンチャー実態等調査」(経済産業省)では、21年度に現役学生が立ち上げにかかわった「学生ベンチャー」は757社に上り、17年度の436社の約1.7倍に達している。

 ガイアックスの広報担当、亀岡愛弥さんは「自分らしさ、また変化に強いキャリアを作りたいと考える学生が増えているのではないか」と分析。特定の大学の学生が起業を目指しているといった傾向は見受けられないといい、「新型コロナウイルス禍で、親の仕事が突然なくなる場面や、テレワークなどこれまでにない働き方を目の当たりにしたことも、起業への興味に影響しているのではないか」とも語った。

 盛り上がりを見せる学生起業。最近では、起業までの流れをワークショップ形式で体験できる同社の「起業ゼミ」も人気で、小・中学校からの依頼で出前授業を行うこともあるそうだ。

 だが、22年度に起業相談を受けた1174人(10月1日時点)のうち、起業準備に入っているのは1割強。同社が投資を決めたのは5社のみだ。亀岡さんは「(学生には)起業をファッションと捉えている人が一定数いるが、『本当にそれがやりたい』という思いがないとなかなか厳しい。起業しても『市場がない』『買う人がおらず商売がなりたたない』となる場合も多い」と話す。

「厳しいときは厳しい」

 そんな起業での失敗を描いたある漫画がツイッターに投稿され、話題になった。主人公のウサギが、同級生のコアラと一緒に株式会社「ウサコア」を立ち上げ、運営に奮闘する「100話で心折れるスタートアップ」だ。起業家らから「夢中で読んでしまった」「共感しかない」などの反応があり、投稿アカウントのフォロワーは最盛期で5万人に迫った。

 「スタートアップの情報は、成功した人や、うまくいっていますよという人のものがほとんどで、ネガティブな話はあまり出てこない。でも厳しいときは結構厳しい。起業の甘くない部分も伝えたくて」。作者の「えい」さん(ハンドルネーム)の言葉だ。

 えいさん自身、学生時代に起業したが、最初の事業は半年足らずで頓挫。漫画に描いた通り、創業メンバーが全員退職したこともあったという。「1000万円以上の借金を抱えた上で、半年でリリース予定だったものが1年たっても出せない。何も起きないけれど、お金は減っていくし、人が辞めていく…その期間が一番きつかった」。起業家生活の中で、最も心が折れそうになったタイミングを尋ねたときの答えも漫画になっている。

 「スタートアップでは、やってきたことの結果が社会で明確に出る。自分の肌に合っていた」と語るえいさんに後悔はない。プログラミング技術も含め、経験は生かされているといい、「厳しいこともあるがスタートアップはいいもの。防御力を高めた上で挑戦してほしい」と未来の起業家にエールを送る。

大企業よりスタートアップ?!

 「会社に入っても自分のやりたいことは本当にできるのか」(3年女子)、「どこに配属されるかも分からず、実現には時間がかかるかも」(3年男子)、「そもそも就職しても、その会社に一生いようとは思っていない」(3年男子)、「起業した方がお金が稼げるんじゃないか」(3年男子)、「才能や経験は一生ついていくもの。学歴や企業などのブランドをつけるより、自分の能力を上げていく方が大事なのではないか」(3年男子)―。取材の中で、学生からは起業や就職に関してさまざまな声が聞かれた。こうした声から透けて見えるのは、将来への「不安」と生き抜くための「成長意欲」ではないだろうか。

 多くの起業家を輩出している東京大学で、長年起業家教育に携わっている同大大学院工学系研究科の各務茂夫教授は「日本企業の国際競争力が下がっている中、学生らは、いわゆる大企業に勤めることが、決して安定しているとは思っていない」と指摘。「大企業に身を預けるよりも、スタートアップなどの最先端に自分の身を置き、行動を変容させていく方がリスクが小さいと考えているのではないか」と話す。

 背景には長引く日本経済の低迷もあるといい、「大企業でも20年後にあるかどうか分からないぐらいの世の中。それなら社会のために役立つことを自分でやりたいと思うのは、ごく自然な発想」と語る。

 経営者らを講師に招き、起業を初歩から学ぶプログラムを受講する学生も、05年の開始当時(265人)から倍以上に増え、受講生の100人以上が実際に起業したという。各務教授は「『自分の解決したい問題があるかどうか』が、よい起業家の特質」と話し、「問題を解決するために、スタートアップも有力な選択肢となる社会になるだろう。上場するなどの『成功モデル』が出現すれば、社会や経済もずいぶんとよい方向に変わって来るのではないか」と期待した。

時事コム取材班 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ