連載小説 オペレーションF[フォース] 第3回

2023年03月30日12時00分

真山仁

時事/外務省提供(写真はイメージです)

国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

2022年初夏、江島元総理と5年ぶりに再会した財務省の周防は、日本人が自分で生きる自覚と増税の必要性を訴えた。その時、梶野元総理事故死のニュースが流れる。

Episode1 防人の覚悟

“守らば則ち余り有りて、攻めれば則ち足らず”

                           孫子

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 2022年1月7日午前7時半、コロナ禍を配慮したテレビ会議形式で、日米安全保障協議委員会が行われた。

 通称「日米“2+2”」と呼ばれる同協議委員会は、日米安全保障のトップ会談とされ、日本側は外務大臣と防衛大臣、米国からは国務長官と国防長官が出席する。

 この日は、「日米同盟の抑止力・対処力の強化に向けた取組を速やかに具体化していくことで」一致し、引き続き、両国の防衛責任者による秘密会議が開かれた。

「2+2」から傍聴していた防衛省大臣官房会計課長補佐の磯部征治[いそべまさはる]は、秘密会議の意図がよく分からなかった。

 昨夜遅くに米国側から一方的に、約30分、防衛関係者のみの秘密ミーティングを行うと言われたものの、内容について問い合わせると「より具体的な対中対策」としか回答されない。

“今、我が国大統領が、貴国の総理と電話会談で、お伝えしていることを話します。台湾有事に備え、我が国は中国に対しての防衛に専念することを決めました。ついては、日本は自国の防衛については、自ら守る覚悟で臨んで戴きたい”

 米国国防長官の言葉に、磯部は我が耳を疑った。そんな情報も初めて聞く。

 けっして英語が得意ではない舩井惣一郎[ふないそういちろう]防衛大臣は、同時通訳を聞くなり、顔を引きつらせている。

「長官、つまり……それは……。どのような体制となりますか」

“日本に駐留している米軍は、対中、対ロ、対北に専念する、という意味です”

 それは、もともと在日駐留米軍の目的である。だが、今までと異なると長官が言っているのだから、「以後、日本の国土をアメリカは守らない」という意味なのだろうか。

 困惑した大臣が、事務次官と大臣官房長を呼んだ。事務次官の久能慶彦[くのよしひこ]は不可解と言わんばかりに首をかしげているが、官房長の辻岡郁夫[つじおかいくお]は、神妙に大臣に耳打ちした。

「君、さすがにそれはないでしょう」と言って、大臣は呆れたが、辻岡は首を横に振り、さらに何か耳打ちした。

 舩井大臣は耳を傾けながら眉をひそめていたが、やがて咳払いを一つしてから、国防長官に尋ねた。

「長官、つまり在日米軍は、日本が攻撃を受けても支援しないという意味でしょうか」

“その通りです。自国の平和は自国で守っていく。日本もようやく独り立ちの時が来たと考えてください”

 こいつ何を言っている!

 磯部は怒りを禁じ得なかったが、それは少数派で、他の連中はすっかり動揺している。

「それは日米安全保障条約違反では?」

“そのあたりは、大統領と総理との間で協議されます。念のために条約がらみで申し上げると、在日米軍が攻撃を受けた際に、自衛隊が出動する点については、必ず遵守戴きたい”

 自国は日本を守るのをやめるが、自分たちが攻撃されたら助力せよだと。

 軍事力では、日本の10倍以上を誇るアメリカを、自衛隊が守るとは冗談にもならない。

“さらにもう一点、核配備については、日本は今まで通り我が国の核の傘の下にいるので、ご安心戴きたい”

 形式上ではあるが、在日米軍は核武装していないし、日本には、米軍の核も配備されていない。核攻撃を受ければ、迎撃できる道具は地対空ミサイルのパトリオットとイージス艦のSM-3しかない。なのに、「ご安心戴きたい」とは、ふざけた言い分だ。

 こんな重要な話が、既成事実として降ってくるのが、そもそもおかしいのだ。我が国は、植民地じゃないんだぞ!

 だが、舩井は固まったきり、一言も話さない。

 国防長官が宣言した内容は、暴言と下品な振る舞いで世界中から顰蹙を買った前大統領ですらやらなかった「無茶ぶり」だった。

 既に装備面では完全に米国を凌駕した中国を仮想敵国として防衛を固めろなんて、いきなり言われても、土台無理な話なのだ。

“確か貴国は、今年年末には、五年に一度の中期防衛計画などの見直し時期が来るはずですね。この機会に高らかに自主防衛を謳ってください”

 日本には、長年、防衛費は国内総生産[GDP]の1%という枠が定められてきたのだ。たかだか5兆円程度で、24兆円超と言われる中国の軍事力と対峙せよとは。

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 米国に自主防衛通告された翌月、大臣官房内に密かに「Xミッション検討会議(XM)」が立ち上がった。

 トップは官房長だが、実質的な舵取りは、磯部に託された。磯部は省内の“若手改革急進派”のリーダーと見なされている。

 薩摩藩出身の曾祖父から続く軍人家系で、祖父は元海軍参謀、父は防衛庁統合幕僚監部に在籍した元海将補だった。だが、本人は防衛行政に興味があり、防衛省と自衛隊を根本的に改革したいと東京大学法学部から総合職[キャリア]として、防衛庁に入庁した。

 入庁以来アメリカに依存しない自主防衛の必要性を主張する一方で、自衛隊のスリム化への積極提案も続けた。

 5年前に、官邸と財務省が行った一般会計歳出半減計画「オペレーションZ」に共鳴した磯部は、防衛省内の若手キャリアおよび自衛隊の尉官クラスとの勉強会「防衛省版OZ」を立ち上げ、提案書を当時の防衛大臣に提出した。

 これが省内で大問題となり、磯部ら「OZ」の中心メンバーは中央から「追放」処分となった。それが、昨夏の人事異動で大臣官房の課長補佐に返り咲いたのだ。

 磯部を呼び戻したのは、同時期に官房長に就任した辻岡だった。磯部より10期以上先輩だが、入省以来防衛省内の改革に積極的であると同時に、本局と自衛隊統合幕僚部の幹部との連携も巧みで、着実に階段を上がってきている。

 その辻岡が、「来たるべき中期防策定は、よほど腹を据えてかからねばならぬ」として、磯部ら柔軟な発想を持つ実行力のある俊英が集められた。

 官邸にとっても防衛大臣にとっても、アメリカからの「通達」は、寝耳に水だったが、辻岡には「想定内」だったようで、直ちに対応に動き出す。

 そしてタスク・フォース「Xミッション検討会議」が始動という直前、磯部は、辻岡に呼ばれた。

「自分の国を自分で守るという至極当然のことを、我が国はずっと棚上げしてきた。したがって、検討に当たっては従前の価値観も常識も捨ててかかれ。自国を守るための覚悟を持つという哲学を揺るぎなく持ってほしい」

 磯部もまったく同感だったので、「ご期待に応えた結果を出します」と誓ってしまった。 (続く)

真山仁氏【時事通信社】

執筆者プロフィール
真山仁
[まやま・じん] 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。

(2023年3月23日掲載)

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