真に迫る「ニュース小説」 真山仁氏、新連載『オペレーションF[フォース]』を語る

2023年03月09日12時00分

インタビューに応じる真山仁氏=東京都内【時事通信社】

 日本は防衛予算倍増と増税を決定し、戦後の安保戦略の大転換に踏み切った。刻々と迫る国家安全保障の危機を「ニュースのような小説」として描く『オペレーションF[フォース]』の連載が、時事ドットコムで始まった。未曽有の危機に立ち向かう主人公たちの目を通して「国が何をしてくれるかではなく、国のためにあなたは何ができるのか」を問う。憂国の社会派作家・真山仁氏に、財政・金融取材が長い樋口卓也解説委員が聞いた。

真山仁『オペレーションF[フォース]』第1回

【目次】
 ◇財政と国防の二兎を追う
 ◇神風が止むとき
 ◇真実を手元に届けるために

財政と国防の二兎追う

―5年前の前作『オペレーションZ』は、財政危機回避のため国家予算半減に挑む財務官僚のドラマだった。

真山仁『オペレーションZ』(新潮文庫)

 国の財政破綻は起きない話ではないのに、日本ではそう考えていない人が圧倒的に多い。その人たちにどうやったら届くか。それが前作の最大のポイントだった。(国の一般会計予算の4割強を占める)「社会保障」と「地方」をつぶしますという話にし、草刈正雄さんを首相役にしてWOWOWのドラマにもなった。だが社会的反響は局所的だった気がする。危機を感じる人が増えない。日本国民は平和ボケというより、見たいものを見ている。一部の人には「財務省の犬」呼ばわりされた。正直言うと、もう二度と財政はやるまいと思っていた。

―それがなぜ続編を。

 全然響かないのは「数字の話」だから。私は大阪出身。(国債発行残高で)1000兆円の借金があっても、「こんなカネ、誰が払うねん」と誰も言わず、「アンタや、アンタ」というツッコミもない。新型コロナウイルス対策やウクライナ支援にお金が付いて回るのに、その「お金」が見えない。お金がないから何々ができないという当たり前の「ひもづけ」を日本はしてこなかった。

「今回の作品は多くの人に“響かせたい”」と意気込む真山仁氏=東京都内【時事通信社】

 ここに来て安全保障の問題が出てきた。ロシア、中国、北朝鮮と恐怖が三つもある。国を守るためには、お金が必要。例えば、ミサイルを配備するとき、「1発しかない」「3発配備してくれって言っただろ」「だってお金ないですもん」というやりとりは分かりやすい。自分の国のことを考えるというタイミングとしては、『オペレーションZ』を出したときよりも、読者に届きやすくなっている。安全保障というテーマを、防衛省、財務省、政治家、国民やメディアといった違う角度から見せるアプローチを取りたい。

神風が止むとき

―2月に北朝鮮から大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射され、日本近海の排他的経済水域(EEZ)内に着弾した。第一報は「飛翔中」だった。小説のような現実が既に起こっている。

北朝鮮が発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」=平壌【EPA時事】

 神風の国なのかどうか分からないが、これまで生き残れたのはラッキーだった。日本は幸運をいつか使い果たす。ミサイルは日本本土を狙ってはいないが、精度の問題はある。本土に近づくミサイルを撃ち落とせるのか、本土に落ちたら戦争をするのか。日々迫ってきている。もうちょっと真剣に日本の安全を考えた方がいい。対中国と言っているが、実際にミサイルを撃っているのは北朝鮮。北海道ではロシア侵攻に怯える人もいると聞く。

 小説はIF(もし)がやれる。悪い方のIFに一歩踏み込み、反撃として北朝鮮にミサイル攻撃していいのかを考えたり、中国に目が行っているのは米国に振り回されているからでしょと登場人物に言わせたりすることもできる。虚実織り交ぜる中で、エンタメ性をどう利かせるかに挑戦したい。

―『オペレーションF』は、1961年のケネディ米大統領就任演説の有名な一節「国があなたのために何をしてくれるのかを問うのではなく、あなたが国のために何をなすことができるのかを問うてほしい」で始まる。

財務省の庁舎=東京・霞が関【時事通信社】

 国民は、何でも国がしてくれるのが当たり前だと思っている。戦後、日本人は給与を犠牲にしても社会保障を充実させ、医療や高齢者福祉に関して何もしなくていいという文化を作ってきた。だがカネのなる木があるわけじゃない。日本は老いたのに、まだ蛇口をひねれば何でも出てくると国民は思っている。そろそろ、みんなで腹をくくってちょっとくらい大変な思いをしてでも、自分たちの国のことを考えるときではないか。

 前作で歳出削減を取り上げたが、それだけでいいのかというのはあった。『F』第1話で主人公の周防篤志(すおう・あつし)に言わせたが、本当に難しいのは税を取ることだ。政治家をはじめ、国民に対して「一生懸命やっているがお金が足りない。自分の国のために税金がもう少し必要なことを考えてもらわないといけない」と誠実に言ってこなかった。今まで一番難しいことをやってこなかったことをテーマにしたい。

真実を手元に届けるために

―小説のモデルはいるのか。

 モデルはいない。ただ組織の文化とか気質はあるので、複数から話を聞いて1人の登場人物を作ったりはする。小説で取り上げた組織の人に「俺もやってみたい」と感じさせることができれば、リアリティーが出る。よく取材していると言われるが、想像力で書いている。

防衛省の門=東京都新宿区【時事通信社】

―松本清張をはじめとして史実をベースとした小説は多いが、現在起こっている出来事をリアルタイムで小説にするのは珍しい。

 新聞記者をやっていたとき、ここから先は裏を取らないと書けないことがあった。『ロッキード』を手掛けたときに、ノンフィクションではなく小説としてなら、書けたことがもっといっぱいあった。だんだん北のミサイルが近づいてきている。小説で描かれたことが目の前で起きるかもしれないと想像力が働けば、みなさんの危機感も変わるのではないか。私もかつてメディアに身を置いた人間だ。今は小説というチャンネルだが、同じことをしたいと思っている。

―ニュースサイトでの連載について。

 前から「ニュースのような小説」をやりたいと思っていた。報道だけで国民に真実を伝えるのは難しい。特に安全保障は。敵基地攻撃能力を反撃能力と言い方を変えたりして、普通の人には意味が分からない。そういうのをひもとくのは小説の方が向いている。フィクションが入ってエンタメ性もあり、おもしろいものが出てくる方が、読者に届くのではないか。小説だから真実に届く可能性もある。

真山仁氏への取材は1時間半に及んだ=都内【時事通信社】

 起きていることをアップツーデートで、横目で見ながら書く小説は初めてだ。現実のニュースにやや遅れながら、新聞に書いてあることはこういうことだと小説で描く。時事ドットコムはオンラインニュースサイトなので、問題意識のある人にぜひ読んでほしい。

<取材を終えて>
「日本は平和ボケというより、見たいものを見ている国民」。インタビューで最も印象に残ったのはこの言葉だ。「ミサイル飛翔中」いうニュース速報が現実のものになっているにも関わらず、危機感の薄い国民を何とか覚醒させることはできないのか。この小説にかける情熱は、社会の木鐸として真実を追いかけた若き日の新聞記者時代から全く衰えていない。真山氏がIF(イフ)の世界として描く現在進行形のパラレルワールドに日本の未来はあるか。読み進むごとに恐くなる「ニュースのような小説」である。(樋口)

(2023年3月9日掲載)

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