ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から1年が経過した。タレントとしてテレビ番組などで活躍するデヴィ・スカルノ夫人(83)は1月下旬、戦禍にあるウクライナを訪れた。日本政府は速やかな退避を呼び掛けたが、デヴィ夫人はなぜウクライナに向かったのか。現地の状況や日本政府の支援の在り方についても聞いた。(時事通信政治部 堀内誠太)
【目次】
◇プーチン大統領への怒り
◇直接感じた緊迫感
◇訪問は「自由意志」
◇負ければ民主主義の「墓場」
◇岸田首相も訪問を
◇再訪問に意欲
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プーチン大統領への怒り
―ウクライナ訪問の経緯は。
ウクライナへ向かわせたのは、ロシアのプーチン大統領への怒りだ。昨年2月、ロシアが理不尽な理由でウクライナに侵攻したときから新聞(記事)をクリッピングし、何かできることはないかと思っていた。
昨年はチャリティーイベントを開き、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の日本側窓口やウクライナ大使館、日本赤十字社と国際NGO「難民を助ける会」に寄付をした。
その中で、現地の戦況はどんどん激しくなった。(ロシアからの)ミサイルによって、ウクライナのインフラが攻撃を受けていた。冬になると氷点下20度の寒さにもかかわらず、電力供給が減り、暖房もない。コンピューターは動かず、クレジットカードも使えない。そのような過酷な状況にあるウクライナの人たちに何ができるか、ずっと悩んでいた。
駐日ウクライナ大使らと相談し、防寒下着の上下、使い捨てカイロ、懐中電灯、石油コンロなどを送ろうと考えた。しかし、大使館側から日本中から多くの物資が届いているが、(輸送用の)資金が足りないと言われた。そこで物資購入の資金を輸送用に回し、コンテナ4基を手配した。(今年)1月16日と23日にそれぞれ二つを送った。
(経由地の)ポーランド港に着くまで45日間ほどかかるため、実際に物資が手に渡るのが2月末か3月初めになる。今すぐ必要な人たちがいるかもしれず、そんなに待てないと思い、直接(物資を)持っていこうと決意した。
直接感じた緊迫感
私はボランティアの男性3人と日本から向かい、パリとモンテカルロからもそれぞれ1人が向かった。1月22日から24日までの3日間現地に滞在した。(首都の)キーウ近郊に着いたときに、警察・陸軍関係者らの警護が付き、さまざまな場所を訪れた。
―現地での訪問先は。
ウクライナ政府の緊急対策本部などを訪れた。支援物資を配給する人たちとも意見交換した。今回の侵攻で負傷した人が収容されている病院も見舞った。(民間人の虐殺があったとされるキーウ近くの)ブチャにも行き、地雷を見つける犬を訓練している施設も訪れた。とても訓練された犬が20頭ほどいた。
ウクライナ滞在後、ウクライナに隣接するモルドバも訪れた。ウクライナ避難民への物資配給所や避難した子どもを預かる施設があり、お土産を渡した。
―ウクライナ訪問で最も印象に残る出来事は。
対策本部での意見交換だ。現地の緊張感がじかに伝わってきた。多くのむごい写真や映像を見た。改めてプーチン大統領に対して怒りと憎悪が体内でマグマのように爆発した。
訪問時に一番笑い転げたのは、キーウの広場で露天商がプーチン大統領の顔写真が描かれたトイレットペーパーを売っていたことだ。これがウクライナ人の気持ちだ。これを使ってトイレをし、留飲を下げるのだろう。
訪問は「自由意志」
―訪問当時、日本政府は渡航を避けるよう勧告しており、松野博一官房長官はデヴィ夫人に即時退避を呼び掛けた。
私たちは自由意志で行った。だから、松野官房長官がなぜあのように発言したのか、分からない。
今回の侵攻は日本維新の会の鈴木宗男議員が言うような「けんか」でも何でもない。勝手にプーチン大統領が侵攻した。ロシア兵は罪のないウクライナの人たちを殺したくなく、士気が上がらない。ウクライナ人は絶対に祖国を守ると決意している。ロシアの配下になれば、自由もなくなるため、彼らは必死だ。
負ければ民主主義の「墓場」
―実際にウクライナへ行った経験から伝えたいことは。
日本は全力を尽くして、ウクライナをサポートしなければいけない。ウクライナが負けるようなことがあれば、プーチン氏の野望が勝ってしまう。ウクライナが負けることは、ウクライナを民主主義の墓場にさせてしまうことだ。そんな例をつくれば、中国の習近平国家主席は台湾を攻めるだろう。
ロシアのような恐ろしい国が力を持てば、世界の勢力のバランスが取れなくなる。アメリカやヨーロッパ、アジアの自由や民主を重んじる諸国は絶対にウクライナを応援しなければいけない。北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)にウクライナを加盟させるべきだ。
―日本に求められる支援は。
冬が過ぎれば、次は食料支援や資金だ。(輸送用の)船賃がとても高い。近隣諸国から買えるものは買った方がよい。船賃と陸の運搬費が物資自体の購入費よりも高くなるのは避けたい。
―日本政府は地雷探知機を送る。現地のニーズに合っているか。
地雷を見つける警察犬を訓練している施設も訪れたが、やはり地雷を見つける探知機を送ることはとてもよいことだ。
岸田首相も訪問を
―岸田文雄首相はウクライナ訪問を検討している。
先進7カ国(G7)で行っていないのは岸田首相だけだ。行かなければならない。
この地球上に平和など訪れるはずがない。人類がこの地球上に存在したときから、強者が弱者を襲い、略奪し、領地を広げ、支配する。歴史は戦争の繰り返しだ。人間の欲とさがは変わらない。
だから、せめて国際秩序を維持しなければいけない。この国際秩序を破ったのがプーチン大統領だ。
再訪問に意欲
1962年にキーウを訪れたことがある。本当に美しい古い都で、ロシアの文化はキーウからもたらされているのではないか。そこを破壊し、ウクライナ人のアイデンティティーをなくしそうとしている。
第2次大戦中、アメリカは皇居や京都を攻撃しなかった。皇居が破壊されたら、日本人のアイデンティティーは失われていた。プーチン大統領はそのようなひどいことをしようとしている。
―今後の支援活動は。
これからは食料支援に集中しようと思っている。支援を頼まれたのは、防虫ネットや辺地を走ることができる強いタイヤ、犬や猫の餌だ。またウクライナを訪問しようと思っている。
デヴィ・スカルノ氏
1940年、東京都生まれ。59年、インドネシア初代スカルノ大統領と結婚。同氏失脚後フランス・パリへ亡命。日本への帰国後、テレビ番組などでタレントとして活動し、「デヴィ夫人」の愛称で知られる。国際的な慈善活動を長年続ける。
(2023年3月17日掲載)