初のEVプラットフォーム、航続距離700km
メルセデス・ベンツによる電気自動車(EV)のフラッグシップモデル「EQS」。700kmに及ぶ航続距離、圧倒的な静粛性、目を見張る先進装備、非の打ちどころのない快適性。一切の妥協を排し、メルセデスの内燃機関車(ICE)の頂点に立つ「Sクラス」を、電動化サブブランドの「EQ」でも構築するという強い意思を感じさせるほどの仕上がりに、素直に脱帽した。
EQSは2022年9月に日本に導入された。同年11月の日本自動車殿堂のイヤー賞で、最も優れた輸入車として「インポートカーオブザイヤー」を受賞。自動車技術の研究者らの高い評価の一つに、完成度の高いEV専用プラットフォームを採用したことが挙げられている。
メルセデスは既に、SUV(スポーツ用多目的車)タイプのEVである「EQA」「EQB」「EQC」を発売しているが、これらはICEのプラットフォームを活用している。それに対し、EQSはEV専用プラットフォームを使って開発された初のモデルであり、既存の車両骨格に制約されない全く新しいコンセプトやデザイン、レイアウトを実現できた点が大きな違いだ。
しかも、それら拡張された自由度を、新たなラグジュアリーセダンに表現した。SUVでもなく、グランツーリスモでもないところが、いかにもメルセデスらしい。
リアモーターで後輪を駆動する「EQS 450+」と、前後にモーターを搭載した四輪駆動(4WD)の「AMG EQS 53 4MATIC+」の2タイプがあり、今回の試乗会では前者が用意された。
セダンと言っても、ボンネットとキャビン、それにトランクで構成される伝統的な3ボックスのフォルムではない。外観上はクーペのように流麗で、4枚ドアとハッチゲートを持つファストバック形状となっている。サイドから見ると、キャビンのルーフが弓のような弧を描いて前後に伸び、居住空間を拡大しているのが分かる。従って、Sクラス的なロングノーズとは明らかに姿が異なっている。
ボディーサイズは全長5225mm、全幅1925mm、全高1520mm。ホイールベースは3210mmあり、Sクラスより105mm長い。
フロントには、小さなスリーポインテッドスターをちりばめたブラックパネルが張り付けられ、車両全体のフォルムは滑らかな曲線で形成されている。これは極限まで空力を追求し、電費向上を狙った結果であろう。EQSのCd値はなんと0.20。量産自動車として世界で最も優れた値だという。
キーを持って近づくと、ボディーに格納されたドアハンドルが自動でポップアップする。車内に乗り込むと、ダッシュボード全面に広がる「MBUXハイパースクリーン」と呼ばれるディスプレーに目を奪われる。運転席から助手席まで連なる3つのパネルをガラスで覆った特大のスクリーンの美しさ、色鮮やかさにはただうなるしかない。
SクラスやCクラスに装備されたセンタークラスターから浮いたような、タブレットを縦置きしたようなディスプレーと比べると、こちらの方が断然いい。ダッシュボードと一体化され、違和感がなく、しかも未来的だ。また、エアコンの吹き出し口も邪魔にならないようにうまく配置と形状が工夫されている。
ロングホイールベースの恩恵を受け、後席は空間的余裕がたっぷりだ。筆者のドライビングポジションであれば、後席に座った場合、膝前にこぶし3.5個分は入る。長時間の移動でも、パッセンジャーはくつろぐことができるだろう。個人的には、ふかふかのラグジュアリーヘッドレストが最高に気持ち良かった。内装材やシートの素材も素晴らしく、本当にリラックスできる。
物理スイッチはできるだけ排除され、ワイドスクリーンのゼロレイヤーで選択・調節ができる。センターコンソールに残された操作系ボタンは、スタートボタン、ハザードスイッチ、走行モードボタンなどに限定され、非常にすっきりしている。
高度な制御、「Sクラス」の至上の快適性
スタートボタンを押してシステムを始動させ、コラムシフトレバーをDに入れる。発進の手順や操作は、メルセデスのICEと変わらないので、不必要な戸惑いは生じない。
初速で急激なトルクの立ち上がりは感じられず、EQSは穏やかに前進する。一般道ではたとえ不整路面の連続であっても、何事もないようにいなし、室内にハーシュネスを伝えてくる場面は皆無。自動車専用道では文字通りリニアに加速し、気が付けば制限速度に達しているという滑らかさだった。
また、高い速度域から強い制動をかけ、本線から出口へ向かう際にも車両のピッチングは抑えられ、乗員が姿勢変化を強いられることはなかった。
上質な乗り心地を支えているのは、連続可変ダンパーとエアサスペンションを電子制御する「AIRMATICサスペンション」だ。路面状況やドライビングによって、各輪のダンピングが瞬時に最適化されるという。
5mを超える全長、車両重量2560kgという堂々たる体躯(たいく)だが、動力性能に全く不満はない。ドライブモードも「コンフォート」や「スポーツ」など4つから選択が可能で、スポーツを選べば、アクセル操作への反応がダイレクトになり、電子音も高まるが、これ見よがしの加速を見せることはない。
EQS 450+に搭載されたモーターは、最高出力245kW(333PS)、最大トルク568Nmを発揮する。長いホイールベースにより、フロア下にレイアウトされるリチウムイオン電池も107.8kWhと大容量化が実現した。一充電走行距離はWLTCモードで700kmに達する。
快適な移動空間をもたらす要因はそれだけではない。少なからず驚いたのは、コーナリング時の安定感だ。高めの速度で進入しても、ロールが全く感じられない。これほどの制御はかつて経験したことがないと思った。
前述のAIRMATICサスペンションや、床下の大容量バッテリーがもたらす低重心化が寄与していることは間違いない。さらに、これは降車後に知ったのだが、リア・アクスルステアリング機構が装備されており、約60km/h以上での走行時、前輪と同じ方向に後輪が切れ、高い速度域でのコーナリングに安定性を提供していた。後輪の切れ角は標準仕様で最大4.5度という。
試乗全体を通じて印象深かったのは、高度な制御と高度な技術で至上の快適性とロングレンジを実現しただけでなく、EVの特長である静粛性も他の追随を許していない点だ。走行中の室内は、終始静寂に支配された空間だったことを特記したい。
車載バッテリーは外部給電器として家庭用電源に利用できるよう、メルセデスとして初めて対応した。
EQSは、EVのSクラスとは何ぞやという命題に対する解ともいうべきものかもしれない。「最善か無か」。ブランドを貫く信念を改めて思い出した。
試乗車は車両本体価格1578万円。加えてデジタルインテリアパッケージ105万円など計152万1000円のオプションが付いていた。