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真山仁・連載小説 オペレーションF[フォース] 第71回

2024年07月11日13時00分

(C)AFP=時事[写真はイメージです]

(C)AFP=時事[写真はイメージです]

国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!

【前回まで】江島元総理と南郷が待つ上野へ向かう車中で、都倉防衛大臣は二重底に隠したスマホを取り出した。中国国家安全部の劉唯から、接触を求めるメールが届いていた。

前回【第70回】はこちらから。

Episode6 一世一代

           18(承前)

 大臣就任以来、日本の異常性を痛感する日々が続いている。

 自衛のために配備している武器のほとんどは、使われないまま耐用期限が過ぎ、新しい物と入れ替わる。戦争というリスクに対する掛け捨ての損害保険のようなものだ、とある防衛幹部に言われたことがある。

 言い得て妙だと思う一方で、外国から攻め込まれた時に、日本は本当に自衛できるのだろうかと考えると、心もとない。

 周囲を海に囲まれた海洋国家は、陸続きで国境を接している多くの諸外国と比べれば、安全度は高いという。

 しかし、日本の周囲は「危ない国」ばかりだ。北西にロシア、西に朝鮮半島、さらにその背後から南西に向けては中国がいる。太平洋が隔ててはいるが、東隣はアメリカだ。

 武力行使を辞さない軍事大国に囲まれている日本の立地は、見方次第では世界最悪と言える。

 だが、国民は言うに及ばず、政治家ですら、日本が戦火に巻き込まれることを想定していない。

 防衛省に至っても、どこまで本気か分からない。

 戦争をするためではなく、戦争に巻き込まれないために、日本はもっと防衛力を強化すべきだ――。そんなフレーズを自分が口にするとは思わなかったが、その重要性を痛感するにつけ、国民の危機感のなさに、どんどん気が重くなる。

 だから、今日のタウンミーティングでは、攻め込まれたら反撃する、と明言したし、その後の北朝鮮からのミサイル発射にも、迎撃に費用を惜しむなと檄を飛ばした。

 今夜のニュースから、都倉には、「タカ派」や「武力行使歓迎大臣」などという嬉しくもないあだ名が付くのだろう。

 まあ、それで国民の間に議論を巻き起こせるなら、甘んじて受け入れる。

 だが……、防衛意識が、一気に高まるとは思えなかった。

 このままでいれば、いつか本当に北朝鮮のミサイルは、日本の領土内に落ちる。そして、大勢の国民の命が奪われた時、突然、国民は、なぜ守れなかったのかと国を責めるだろう。

 そこまで待つしかないというのでは、あまりに情けない……。

 だが、焦ったところで、何の効果もない。今日の迎撃成功を国民の危機感高揚にどう利用するか。それを考え出す必要があった。

 その一方で、中国とアメリカからの干渉という厄介事も抱えている。

 劉唯や華希宝首相からは、今のところ日中安全保障条約に向けた話は出ていない。

 彼らは、都倉がアメリカから二重スパイ的な使命を押しつけられたことを知り、暫くは様子見をしているのかもしれない。

 一方のアメリカは、毎週、連絡官からの定期連絡が、携帯電話にくる。

 大抵は、状況確認なのだが、最近は、もっと積極的に中国側と接触せよと喧しい。

 ここにきてアメリカは、ハワイでの日米防衛担当大臣会議を求めてきた。

 通常は、日米の安全保障については、通称日米「2+2」と呼ばれる日米安全保障協議委員会で協議される。

 なのに今回は、国務長官と外務大臣を外して、アメリカの国防長官と日本の防衛大臣の二人だけの会談を求めているのだ。

 会談のテーマは、今後の日米安全保障条約のあり方について、らしい。

 そういう高度な政治交渉の場合、大統領と首相による首脳会談で行われるのが一般的だ。なのに、国防長官が、都倉と二人きりで話したいというのは、解せなかった。

 その辺りを、省内のアメリカ担当の審議官に探らせたところ、国防長官が個人的に希望しているらしいと回答された。

 ますます不可解だが、大臣としての都倉に会いたいのではなく、二重スパイとしての役割について、しっかりとしたミッションを与えたいのではないかと気付いた。

 都倉は、防衛大臣として、勉強することが多過ぎて、とても国防長官とお会いするレベルに達していないと逃げようとした。

 すると、官房長官から「あなたに拒否権はありません。即刻日程を組んで、会いに行くように」と厳命されてしまった。

 まったくもって、何もかも厄介だった。

 その挙げ句が、ウェイウェイからの呼び出しだ。

 都倉は、考えが何一つまとまらないまま目を開け、南郷に“本日は、お邪魔するのは叶わないかも知れません”というお詫びのメールを送った。

           19

 懇親会が始まるなり、周防は例会中に、「防人税」について質問した50代とおぼしき人物から声をかけられた。

「先程は、失礼しました。新潟市を拠点にして小説を書いています森永遼[もりながりょう]と言います」

 森永は、名刺を差し出した。手漉き和紙と思われる厚みのあるものだ。

 周防も名刺を返す。

 肩幅が広く大柄な森永は、頬髭を生やしていることもあって、工芸家か引退したアスリートかと思ったのだが、小説家だったのか。

「どんな小説を書かれているんですか」

「ロシアと日本の関係を描く歴史小説です」

「日露戦争とかですか」

 周防がすぐに思いつけるのは、それぐらいだ。

「今、まさにそのテーマで書こうと調査中です。これまでに書いたのは、江戸時代にロシアに漂着した漁師の物語や、『文化露寇』と言って、江戸後期にロシアの艦船が開港を求めた時代の物語です」

「そうか、新潟とロシアって、関係が深いんですよね。早速、ご著書を読んでみます」

 日本で初めてウラジオストックとの直行便を飛ばしたのも新潟だし、市内にはロシア総領事館もある。

「名刺のご住所にお送りしますよ。それで、僕が質問した『防人税』なんですが、いいネーミングですよね。周防さんが、お考えになったんですか」

「いえ、私ではありません。それより、よく『防人税』についてご存じでしたね。まだ、発表前なので、驚きました」

 新潟を拠点にしている小説家が、そんな情報をどうやって入手したのかに興味があった。

「あれは、偶然です。私は以前、東京の大学で教員をしておりましてね。たまたま先週、当時の同僚数人が、新潟に旅行に来ていて、飲み会で話題になったんですよ」

「もしかして、大学は上智大学ですか」

「えっ! なんでお分かりに? そうか、周防さん、宮城君と面識があるんですね」

 そこで繋がった。上智大学の文化人類学者の宮城慧こそが、「防人税」の命名者なのだから。

「ええ。以前、色々お世話になりました」

「ああ、そうか。周防という名前に覚えがあるなあと思っていたんですが、宮城君が衆院選に立候補した時に、ひとかたならぬご支援を戴いた財務官僚の方として、お名前を聞いていたのを思い出しました」

 あまり思い出したくない話だが、周防は、「いやあ、何のお役にも立ちませんでしたが」と苦笑いした。

「『防人税』と名付けたら、東京や大阪などの都会の人にも響くでしょうか」

「森永さんはどう思われますか」

「すぐには難しいと思います。少しは、国民の力で国を守ろうというイメージは湧きますが、自分事としては、どうでしょうねえ」

 森永によると、昨年夏、新発田市に飛んで来たミサイルが弾着直前まで迫ってから、新潟県内では、問題意識を持つ人が増えたのだという。

「でも、知事が言う程には、危機感は高まっていませんよ。まだまだ大丈夫だと思っている人の方が多いですから」

「えっ、そうなんですか。新潟県民は、最先端のレーダーと地対空ミサイル設置を切望していると、あれほど熱心に訴えておられたのに」

「だって、それが実現したら、建設費などで地元にカネが落ちるじゃないですか。しかも、県民の命を守るために必死の姿勢は、来年の選挙で有利になる」

 森永の発言は、小説家ならではの穿った発想なのだろうか。それとも、それこそ知事の本心なのだろうか。

「宮城君の話では、普段は予算が増えるのに対して厳しい財務省が、防衛費問題についてはイケイケだそうですが、理由を聞かせてもらえますか」

「イケイケじゃないですよ。でも、政府がそういう防衛計画の方針を定めた以上、我々は粛々と、目的達成に邁進するまでです」

「つまりは、宮仕えとしての義務を果たしているだけだと?」

 そう言われると辛い。

「義務感だけなら、私はここに来ていません。一国民としても、国の備えが気になります。戦争には反対ですが、他国に攻められた時は、自衛すべきだし、戦火に巻き込まれた時も相応の対応をすべきだと考えています。

 だとすれば、防衛力を強化するのは、当然でしょう」

「それは、頼もしい言葉ですよ。でも、国民は盛り上がらない。残念なことです。先程、『文化露寇』の小説を書いたと申しましたが、江戸時代後半になって、ヨーロッパ各国によって世界の植民地化が進む中、日本は外国からの黒船に恐れおののきました。

 黒船を目の当たりにすれば、さすがに危機感も高まるだろうと思いたいところですが、新潟の場合、ロシアの艦船が開港を迫った時に、幕府が長崎行きを命じたため、その後は何事もなかったかのように日常に戻りました。

 一方のロシア側は、日本政府の事なかれ主義に怒り、強硬手段でしか日本は言うことを聞かないと判断し、樺太や択捉島などを攻撃したんです。煮え切らない政府の態度が、結果的に国民を危機に追いやる可能性がある。

 僕はそれが、心配だなあ」 (続く)

真山仁氏【時事通信社】

真山仁氏【時事通信社】

執筆者プロフィール
真山仁
[まやま・じん] 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
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