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歌舞伎町から眺めた都知事選 “住人”の諦めと負い目の正体 ライター・佐々木チワワ【時事時評】

2024年07月04日17時00分

 新宿・歌舞伎町に張り出された選挙ポスター。SNSで流れるすっとんきょうな政見放送、ポスターを巡る諸問題を見ていると「とんでもない街に住んでいるな」と絶望してしまう。都知事選がネットや一部の地域では目立ったもん勝ちの最悪な「大乱闘スマッシュブラザーズ」のような状況になっている中、しっかりと東京「全域」に適切なポスターを設置する現職の小池百合子候補を振り返ると、コロナ禍で歌舞伎町に“圧政”を敷いていたのも東京全体を考えれば妥当だったのかな、などとも感じる。

選挙と歌舞伎町の距離感

 東京に生まれつい最近新宿区歌舞伎町に引っ越してきた筆者だが、歌舞伎町の人間の大半は地方出身者である。この原稿の依頼を受けてから知り合いのホスト、街で声を掛けてきたスカウト、仲のいい歌舞伎町女子などに「選挙どうするん?」と話を聞いたところ、何割かは「そもそも選挙権ないもん」というあっけらかんとした返しをされた。

 歌舞伎町で「骨を埋める」覚悟をした人間やそれなりの経営ポジションについているような人は住民票を東京都に移しているケースが多いが、いわゆる「腰掛け」で歌舞伎町にいるような人間の大半はそもそも住民票を移していない。手続きの度に「実家帰る」と帰省をし、羽を伸ばしている投稿をSNSでよく見掛ける。そんな事情から、歌舞伎町の人間にとって都知事選は「そもそも選挙権なんてないし、どっちにしろどうせ意味ないだろ」みたいな諦めを感じる。「百合子は嫌だなぁ」なんてぼやきながらも選挙には行かず、飲みゲームとして「キャバクラ・ホストにハマりやすいのはだれだ」という下世話な投票が行われていたりする。

 歌舞伎町では昨今事件も起きやすくなっており、特にトー横問題やホストの売掛問題などがメディアで取り上げられ、未成年や若年層の被害が大きいことから「東京都生活文化スポーツ局」のHPには都民安全・治安対策のページの中に「歌舞伎町界隈における諸問題の対策」という欄を設け、現在歌舞伎町における若者向けの総合相談窓口「きみまも@歌舞伎町」を設置しているなどの対策を公表している。東京都は現在、トー横の対策予算として2億円の計上を予定している。

「都民の安全を守る」という意味ではある意味、歌舞伎町の治安を守るために予算を割いていることは素晴らしい。が、果たしてそこにいる「少年少女」たちを本当の意味で救うために正しく予算は使われているのだろうか。相談員を配置するだけでなく、家庭環境の改善や現状の把握など、負の連鎖を止めるような対策をしてほしいものである。

「歌舞伎町ルール」の存在

 歌舞伎町の人間の中で政治について熱く語る人間は少なからず存在する。なんなら店のキャストに熱弁し、選挙に行けと飯をおごり、自分の応援している人間への投票を促すような動きもゼロではない。それでも、歌舞伎町で「政治」「選挙」といった話題は多くない。政治の話は飲みの席でするな、という昔からの慣習も多少影響していると感じるが、それ以上にあるのはある種の「負い目」なのではないだろうか。

 筆者は歌舞伎町の社会学を研究している、と自己紹介することが多いが、その中で「どちらかというと民俗学かもしれません」と話すことが増えてきた。いわゆる「歌舞伎町ルール」というものが存在し、歌舞伎町で起きたことはまともに警察に取り合ってもらえなかったり、被害者もなんらかの負い目があるために訴えることも相談することもせず、内々で済ませてしまう。歌舞伎町で生きている人間はある意味普通の社会とは断絶されており、独自のルールや価値観で動いている側面があったように感じる。しかし、昨今歌舞伎町がメディアでエンタメでも事件でも取り沙汰されるようになり、自分たちでもSNSできらびやかな世界として発信することが増えてきた。その結果「社会の一員として、ちゃんとした職業として発信するなら最低限国のルール、都の条例には従おうね」と統制が引かれたような感覚があるのだ。ある意味、歌舞伎町業界は今後社会の一員としてクリーンな経営と事業を目指すか、それともアンダーグラウンドに潜るかの境目にいるように感じる。都知事選の結果次第でどちらにかじを切るか決める事業者もあるかもしれない。

地道な活動がかぎに

 何かしらの「負い目」や「後ろめたさ」があると感じる一番の要因は、国民の3大義務の一つである「納税」をしていないからではないだろうか。もちろんしっかり申告している人々も大勢いるが、その一方で毎月100万を優に超える収入を得ているにも関わらず、一切申告をしていない人間も存在する。そのくせ「都政」に不平不満を漏らすのはお門違い、と自覚的な人間や、払ってないから関係ないとして政治について考えることを放棄している人間もいる。ましてや若者の中には「今は生きるので精一杯だし、自分が長生きする未来なんて見えない」から政治で「徐々に社会を良くする」という手法に興味を持てない者がいるのは当然だろう。日々目先の人生で精一杯な人種には、政治というのは食い合わせが悪いのかもしれない。

 筆者自身、18歳選挙権が実現した時期に現役で高校生だったため、選挙権の大切さや参加する重要性、声を上げる必要性は理解しているつもりである。あの時は親に守られ、日々を生きることが簡単だったからこそ「より良い」社会になるためには誰に投票するべきかを考えた。しかし今振り返るとホストにハマり、歌舞伎町でお金を使うことが自分の存在証明のようになっていた時期は政治なんて自分の人生の外の存在で、関心を寄せることができなかったように感じる。

 若者を含め、歌舞伎町の人間が政治に参加するためには、まず住人側が国民の義務を果たすこと、そして為政者側は住人が政治に関心を持つ余裕と、関心を持てるように分かりやすく現状、さらにそれぞれの公約を流布する地道な広報活動がやはり大切になってくるのではないだろうか。現状の選挙では候補者による互いの下げ合いと得意な広報媒体を使用したアピール合戦になってしまいがちである。前任者の現職時代の実績と、主な問題に対する各候補者の考え方などを分かりやすくまとめ、「この考え方ならこの人に投票してもいいかも」と有権者が考えやすくし、投票のハードルを下げることが必要なのではないだろうか。現在の選挙システムではメディアに知名度がある人間に有利すぎる。もちろん「選挙に行かないのはダサい」という風潮を作るのも今時の若者には有効だろう。義務を果たした上で、権利として自分が生きやすい未来を築くための一票を投じていきたいものである。

◇  ◇  ◇

佐々木 チワワ 2000年、東京生まれ。幼稚園から高校まで都内の一貫校で過ごし、後、慶應大で社会学と文化人類学を学ぶ。現在はアクションリサーチとフィールドワークをもとに歌舞伎町の社会学を研究し、執筆活動に勤しむ。主な著書に『ホスト!立ちんぼ!トー横! オーバードーズな人たち』(講談社)、『「ぴえん」という病 SNS世代の消費と承認』(扶桑社新書)など。

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