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「イエスの方舟」騒ぎは何だったのか かつて消えた女性たちにカメラが迫る◆映画「方舟にのって」公開

2024年07月10日16時30分

 1980年冬、東京・国分寺市で暮らしていた若い女性たちが2年にわたり失踪していると報じられた。女性たちが集まっていたのは聖書研究会「イエスの方舟」。中心人物の千石剛賢氏に「娘を返せ」と迫る家族の声を受け、報道は過熱。しかし、女性たちがメディアと対峙(たいじ)し、「ハーレム」と非難された千石氏が出頭後、不起訴となって、騒ぎは沈静化した。

 「おっちゃん」と慕われた千石氏は2001年に死去したが「イエスの方舟」は今も福岡県で健在。女性たちがクラブ「シオンの娘」を経営しながら共同生活を送る。騒ぎは何だったのか。現在の姿をカメラで捉え、過去を振り返るドキュメンタリー映画「方舟にのって~イエスの方舟45年目の真実~」が6日公開された。佐井大紀監督に制作の経緯を聞いた。(時事通信社 松尾圭介)

 ―制作のきっかけは。

 2022年7月、安倍晋三元首相銃撃事件を受けて旧統一教会の問題が再び注目され、宗教について考えました。「イエスの方舟」を扱った1985年制作のビートたけしさん主演のドラマを思い出し、調べてみたら彼女たちのお店がすぐ分かったんです。ホームページもありました。今も続いていると知り、22年の秋に「じゃ、行ってみよう」と。2、3回通ってからメディアの人間だと打ち明け、取材許可をもらいました。

 ―1978~80年の逃亡劇は女性主導だったと言われていますが、監督もそう思いましたか。

 そうかもしれないです。彼女たちは、明確な意志を持って意思決定しています。ただ、そこは難しくて、みんながかなり同じ考えを共有しています。洗脳的な実態があるのか、自分でゼロベースから生み出した意志なのか、それは明確にしづらいです。

 ―なぜ逃亡したのでしょうか。

 家族の要望で国分寺の「イエスの方舟」の住宅へ警察の立ち入りが行われることを知り、その早朝にみんなで逃げたそうです。全国を転々としているうちに雑誌に「娘を返せ」と親の手記が載り、メディアに火が付きました。国会で取り上げられ、警察の捜査も本格化しています。

 ―映画で使われている過去の映像は当時のワイドショーの物ですか。

 ロケ先の映像、つまりVTRの素材が残っていたので今回はそれが使えました。記者会見だけを30分間記録した映像が残っていたりするので、それをずっと見て編集するという感じでした。

 ―一番大変だったのは。

 編集です。ドキュメンタリーは、こちらで取材対象を決め、聞きたいことを聞き、答えを切って張って、こちらの目線付けで作ります。本当に起きたことなので「事実」という形で世の中に出ていきますが、実は主観的です。

 宗教はそもそも主観の極みです。プロパガンダにならないよう客観的な視点を常に持たないといけないので、彼女たち個人個人にはすごく愛着もありますが、だからと言って生き方を全肯定することは違うと思いました。自分が方舟のメンバーになるかと言われたら即決できないように、そこの距離感みたいなものをちゃんと入れていくようにできないかと考えていました。

 ―撮影拒否などはありませんでしたか。

 ほぼなくて、僕が自然にそこにいるような感じで撮れていきました。ただ、いざ編集となったら、彼女たちの普通の生活が撮れているだけだったということも多く、構成しづらかったです。その分を、追加の電話取材などで補っていきました。

 ―映画で(千石氏の妻で現在の代表者)千石まさ子さんが「宗教は嫌い」と話していますが、宗教でなければ何なのでしょう。

 「コミューン(生活共同体)」ではないでしょうか。宗教ではなく、社会学的な文脈で定義付けるもの。

 1960年代の高度成長期があって、70年代は全共闘などが終わって少ししらける虚無感みたいなものが漂って、やがて個人主義の時代が来る。幾つもの家族が長屋に住むといった価値観が終わり、核家族の時代になりました。一方で、家族の欺瞞(ぎまん)を向田邦子や山田太一がドラマで描き始めた時代でもあります。

 個人の時代に新しい生き方を模索する社会学的な文脈でくしくも生まれたのが「イエスの方舟」ではないかと考えています。狙ってつくったものではなく、時代の要請だったのではないでしょうか。彼女たちは経済的にも自活できていますし、聖書の教えで考え方も分散しない。みんなある程度同じ方向を向ける。そういう新しいコミューンなのではないでしょうか。

 佐井 大紀(さい・だいき)監督 1994年生まれ。神奈川県出身。TBSプロデューサー。ドラマ「Eye Love You」(今年1~3月放送)などの制作に携わった。昨年公開のドキュメンタリー映画「日の丸~寺山修司40年目の挑発~」「カリスマ~国葬・拳銃・宗教~」を監督。

 千石 剛賢(せんごく・たけよし)氏 1923年生まれ。兵庫県出身。包丁研ぎなどで生計を立てながら、60年に東京都国分寺市で聖書を勉強する「極東キリスト教会」を開き、その後「イエスの方舟」に改称。親との関係などに悩む若い女性が集まるようになり、78年から集団で全国を逃避行した。80年に心臓病で入院後、警察に出頭するが、実情が分かると不起訴になる。一方で過熱した「千石イエス」バッシング報道が問題視された。2001年に福岡県で死去。女性たちは一度は家に戻ったが、直後に再結集し現在に至る。

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