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若者たちはこれから「青春」を謳歌できる日が来るのか【洞察☆中国】

2024年07月10日11時00分

日中福祉プランニング代表・王青

 ゴールデンウイークの間に、東京・渋谷の映画館「イメージフォーラム」で上映されていた、中国人監督の王兵(ワン・ビン)の新作ドキュメンタリー「青春」を観(み)に行った。王兵監督は、中国の歴史に残る闇の部分や個人個人にとって人生の一大転機となる出来事などをデジタルカメラ1台で記録することで知られている。上映時間7~9時間にも及ぶ「死霊魂」や「鉄西区」などの長編ドキュメンタリーは世界の映画界を揺るがし、さまざまな賞に輝いた。

工場で働く若者の「青春」

 今回も3時間35分という長さの「青春」は、長江デルタに位置する浙江省にある小さな街で、内陸の農村部からの出稼ぎであり10代後半から20代までの男女の若者が小さな縫製工場で働く日常を記録した作品である。工場には、数十台のミシンが並び、若者たちが凄(すさ)まじいスピードで1枚1枚の服をミシンにかけていく。工場内に流行歌が大音量で響く中、隣の同僚と世間話をし、喧嘩(けんか)をし、ふざけあい、恋話をするシーンが活写される。そして、床にごみが散乱し、二段ベッドが並ぶ狭小な寮には、若者が煙草(たばこ)を吸ったり、愚痴を言ったり、ギャーギャー騒いだりしているなど、仕事外の時間も映し出されている。工場と寮の往復、そして、来る日も来る日も同じ単調な反復労働をこなす若者たちは元気に振る舞っているが、なんだか諦めて無力感が漂っているように見えないでもない。

 「世界の工場」と称された2010年代半ばの時代背景は、経済の急成長がこうした人々で支えられていたと思う一方、このような劣悪な労働環境から脱出して、教育を受け、今の境遇を変えていくという「夢」を語る人が映画の中で一人もいなかった。せいぜい「新しいスマホを買おうか」、「親が見つけてくれた相手と見合いするか」であった。それは、彼らは内陸の農村部の出身であり、簡単に運命を変えることができないからだ。

運命を変えられない農村部、希望を持てない都市部

 中国は日本と違い都市部と農村部の戸籍が厳格に分けて管理されている。生まれた土地に基づいて戸籍が作成され、簡単に移すことができない。戸籍により、受けられる公共サービスや社会保障などさまざまな面で大きな格差が生じる。しかし、1990年代から2010年初期までは、農村出身であっても人一倍努力をし、家族全員に支えられ、大学を卒業後に高収入の企業に勤めたりビジネスで成功したりした人が少なからずいた。ところが、経済が発展するにつれ、地域間の貧富格差が拡大した。階層が段々と固定化し分断していく。社会競争も激しく増していく中で、自分の運命を自分の手によって変えることは、「夢」よりも「儚(はかな)」くなっている。

 今は農村出身者だけではなく、都会の若者も「生きづらい」時代となってしまった。コロナ終息後、中国経済はなかなか思い通りに回復できず、若者がこれまでなかった就職の超氷河期に直面している。政府が直近で発表した統計では、若年(16~24歳)の失業率が15.3%となっている。そして、大学新卒の人数が年々増え、今年は1179万人の予測。「卒業即失業」が常態化しつつある。

 都会の若者だと、親元に身を寄せてなんとか耐えている人もいれば、高学歴の人が、「高望みしない」と応募しても採用してもらえず、結局デリバリーやネット配車のドライバーといったアルバイトで生計を立てる人が多くいる。地方出身者となると、状況がさらに厳しくなる。昨年、ある親子のことが話題となった。父親が息子の大学の学費を捻出するために、都会に出稼ぎにデリバリーなどで一生懸命働いた。ところが今度、息子が大学を卒業したら就職できず、結局、父親と同じ職業、すなわちデリバリー配達員となったのだ。「一体何のために大学まで送ったのか」と父親が嘆いた。若者たちが「希望」を持たなくなることは何よりも一番悲しいことである。

 映画「青春」の中に出ていた若者は約10年経(た)った今、何をしているのだろうか、とても気になるところだ。

 (時事通信社「金融財政ビジネス」より)

 【筆者紹介】
 王 青(おう・せい) 日中福祉プランニング代表。中国・上海市出身。大阪市立大学経済学部卒業。アジア太平洋トレードセンター(ATC)入社。大阪市、朝日新聞社、ATCの3者で設立した福祉関係の常設展示場「高齢者総合生活提案館 ATCエイジレスセンター」に所属し、広く福祉に関わる。

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