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水原事件なんのその 米野球少年が憧れる’SHOHEI’

2024年07月06日11時00分

 水原一平・元通訳による大スキャンダルというドラマチックな形で幕を開けた大谷翔平の2024年も、公式戦の中間地点を過ぎた。前半戦の大谷は、スキャンダルの影響をみじんも感じさせない大活躍を見せた。既にドジャースの地元ロサンゼルスでも、確固たる地位を築きつつあり、それは現地の野球少年たちの反応からも伺える。米メディアで記者を務め、『ルポ 大谷翔平』の著書もある日本人ジャーナリストが、独自の視点で大谷の前半戦の成績と、現地での人気ぶりを解説する。(志村朋哉 在米ジャーナリスト)

アメリカでも憧れの存在

 筆者はロサンゼルス郊外で、息子の所属する現地野球チームのコーチをしているのだが、集中力の乏しい7歳児たちをまとめるのは、大人相手とは違った難しさがある。

 練習中に友達とじゃれ合って楽しむ子どもらに、単に「一生懸命やりなさい」「集中しなさい」などと注意しても、上の空でほとんど効果はない。しかし、最近、気づいたことがある。

 「SHOHEI」という言葉を使うと、まるで魔法のようにアメリカの野球少年たちが耳を傾けるようになるのだ。

 例えば、大谷がキャッチボールと全力疾走を大切にしてきたという話をした途端、それまで適当にボールを投げ合ったり、一塁までのんびり走ったりしていた子どもが、(少なくとも言われた直後は)目の色を変えて全力で取り組む。

 グローブを地面に投げつけたり、適当に放っておいたりする子が多かったので、「翔平は野球道具を粗末に扱ったりしない」と注意して、日本ではグローブの形を崩さないように丁寧に置くんだと話したら、次の練習から「翔平はこう置くんだよね」と言って、子供たちが自らグローブを綺麗に一列に並べて置くようになった。

 また、審判のストライクやアウトの判定に不満げな子供に、「翔平は判定に文句なんて言わないよ」と伝えると、すぐに態度を改める。

 息子はサッカーもしているので分かるが、リオネル・メッシにも子どもたちは同じような反応をする。サッカー少年の多くは、メッシと同じような動きをしたがり、メッシのようになりたいと憧れを抱く。大谷はアメリカの野球少年の間で、メッシと同じようなステータスを築いている。

 肌感覚ではあるが、大谷はエンゼルス時代もアメリカの野球少年の憧れの的ではあったが、人気球団ドジャースに移籍して、一段と影響力が増したように思う。

 「世界一の野球選手は誰か」と聞くと、子供達は口を揃えて「SHOHEI!」と答える。

 今や日本だけでなく、アメリカや世界の野球少年たちが、大谷になりたがっているのだ。世界の子どもがメッシやマイケル・ジョーダンやタイガー・ウッズに憧れたように。(だからこそ、親やコーチの立場としては、大谷に子どもたちに向けて、模範的メッセージを積極的に発信してほしいと願う。)

 北米スポーツ史上最高の7億ドル(約1000億円)の契約を結び、それに見合うような異次元の活躍を続けているのだから、これだけのステータスを得るのも当然のことだろう。

現実味を帯びる三冠王

 肘のリハビリで打撃に専念している24年も、そのステータスに恥じない活躍ぶりだ。

 5月16日から6月15日の期間は、打率.206と調子を落とした。しかし、そこから10試合は、打率.444、OPS1.757、8本塁打と大爆発し、再びギアを上げた。

 シーズン中間地点を過ぎた米時間6月29日終了時での打撃成績は、以下の通りとなっている。

試合数81

本塁打26(メジャー2位タイ)

打点62(5位)

盗塁16、失敗2

打率.321(1位)

出塁率.405(4位)

長打率.645(2位)

 メジャーで打撃力の分かりやすい物差しとして用いられるのが、出塁率と長打率を足し合わせたOPSだ。そのOPSで大谷はメジャー2位の1.050。つまり、22年にMVPを受賞し、現在OPS1位のアーロン・ジャッジに次ぐ活躍をしているということだ。

 「MVPを受賞した昨年を上回る打撃を見せている。移籍や(水原一平・元通訳の)スキャンダルなどがあったことを考えると、その素晴らしさがより際立つよ」と話すのは、大リーグ公式サイトでデータ分析を担当するデービッド・アドラー氏。

 「毎年、どんどん良くなっているんだ。特に打率に関しては、昨年は初めての3割を達成して、今年は首位打者をとるかもしれない。三冠王の可能性すらある。見ていて本当にほれぼれする選手だね」

 今季の大谷は、あらゆる投手の球に対応できている。速球に対する打率は.331、変化球には.308、オフスピードピッチ(遅めの球)には.316と、全て3割を越えている。

 「しかも、単打ではなく長打を量産している」とアドラー氏。「以前は、どの球種に対しても3割なんて打っていなかった。2024年の大谷は、これまでと比べて最も完成されている」

 しかも、打球初速度や角度などの「打球の質」をもとに算出した打率の期待値は、.338と実際の打率よりも高くなっている。つまり、大谷は相手の守備など、自身がコントロールできない部分で運が悪かったということだ。

 「同じようなバッティングを続けていれば、打率はもっと上がるかもしれない」とアドラー氏は言う。

MVP最有力候補

 最新技術を駆使した評価でも、大谷の数字は群を抜いている。

 球場に設置されている高速度カメラのデータによると、大谷のスイングはボールの軌道に近い理想的な軌道だとアドラー氏は言う。バットにボールを当てる位置も、前で捉えて引っ張ることもあれば、少し引きつけてセンターやレフト方向に流すこともある。

 大谷のスイングスピードの平均は時速75.4マイル(121.3キロ)で、メジャー14位。素晴らしい数字ではあるが、大谷の凄さはバットコントロールとの組み合わせにある。

 メジャーでは、ある一定以上の速いスイングでボールの芯を捉える「blast(ブラスト)」と呼ばれる指標を使い始めた。今季の大谷はメジャー1位となる105回のブラストを記録している。

 「これは大谷が単に力があるだけでなく、バットの芯でボールを捉える技術を兼ね備えていることを示している」とアドラー氏。「どれだけ強くボールを打てるかやコンタクトの質など、最新技術で測れる打撃指標のほぼ全てで、彼はメジャー最上位の数字を叩き出しているんだ」

 2年連続、3度目のMVP受賞も期待されている。

 投球や走攻守でのチームへの貢献度を総合的に評価し、アメリカの記者がMVPを選ぶ上で重視するWARという指標で、大谷はナショナルリーグで1位に君臨している。ヤンキースのアーロン・ジャッジ外野手やオリオールズのガナー・ヘンダーソン遊撃手など、WARで大谷を上回る選手は、こぞってアメリカンリーグ所属だ。ブックメーカーのMVP予想オッズでも、大谷はナ・リーグのトップを走っている。

 大谷が受賞した場合、指名打者としては、史上初の快挙となる。守備面で価値を生まない指名打者が、最も価値のある選手に与えられるMVPを受賞するのは、かなり困難なことである。打撃面の活躍で、他の選手を大きく引き離さなければならない。

 「現時点では、大谷が最有力候補」だとアドラー氏。「打者としてだけ見ても、本当に素晴らしいから、指名打者でMVPに選ばれるとしたら大谷くらいだろうし、実際に選ばれると思う」

 スポーツメディア「ジ・アスレチック」が100人以上の現役選手に匿名を条件に行ったアンケートでも、大谷は46%の票を集めて「最高の選手」部門でダントツの1位に輝いている(6月10日配信)。「大谷だと当たり前すぎるから」あえて大谷以外に票を入れたと認めた選手も何人かいたという。

 打者としてはジャッジと並んでメジャーで1、2位、健康な状態であれば投手としてもサイ・ヤング賞候補と言われるレベルなのだから、ほぼ誰もが「世界一の野球選手」と賞賛するのも当然である。

水原事件の行方

 さらに驚くべきは、シーズン開始直後に水原一平・元通訳の違法賭博疑惑が発覚したにも関わらず、その影響も微塵も感じさせない活躍を見せたことである。

 水原氏のスキャンダルは、日本ほどではないにせよ、アメリカでもスポーツの枠を超えて大々的に報じられた。米スポーツ史上最高の7億ドルで名門球団と契約した米球界唯一のセレブが、最も近しい人に1700万ドル(約27億円)もの大金を盗まれ、メジャーリーグでタブーとされてきたスポーツ賭博に絡んでいたのだからドラマシリーズ化されるのも理解できる。金、名声、友情、裏切りが絡んだ人間ドラマは、野球好きでなくとも興味をそそられる。

 スキャンダル発覚時に、大谷サイドが水原氏をメディアのインタビューに応じさせたことが、事態を複雑化させた。「大谷が借金を肩代わりした」という水原氏の発言がまずは報じれられ、それを大谷サイドがすぐに否定したため、世間の大谷に対する疑念が芽生えたのだ。

 発覚から約3週間で、連邦当局は捜査を終えて訴追を発表した。大谷は、あくまで「被害者」で、水原氏の賭博行為を知っていたり、借金を肩代わりしたと言う証拠は一切ない、と検察は強調した。

 訴状を読んで驚いたのは、水原氏がスポーツ賭博で勝ったり負けたりしていた額だ。2021年12月から24年1月の間に、1億4225万ドル(約218億円)を勝ったが、1億8293万ドル(約280億円)を負けて、4067万ドル(約62億円)もの損失があったという。

 そんな中、水原氏は「自分はスポーツベッティングが本当に苦手みたいだね?(爆笑)転…もう一度上限を上げてくれないかな? 分かっているように、僕が金を払わないっていう心配はないよ!!」とブックメーカーに対してカジュアルなテキストメッセージを送っていたというのだから、ギャップには衝撃を受けた。華やかに見えるエンタメの都・ロサンゼルスだが、その裏では欲望や欺瞞(ぎまん)が渦巻いているのだ。

 筆者も同感だが、ロサンゼルスで裁判や司法問題を取材するジャーナリストのメーガン・キューニフ氏は、当事件の発覚から水原氏が有罪を認めるまでの速さに驚いたと話す。 「水原は、裁判で勝ち目がなくなるような自白をしたんだと思う」とキューニフ氏。「罪を認める前から公に謝罪をするようなことはアメリカではまれですし、これだけ大きな事件でこんなに迅速に司法取引が成立するのもまれです。これが量刑の言い渡しにどれだけ影響するのか興味深いです」

 水原氏には最長33年の禁錮刑を科される可能性があったが、2、3年程度に軽減されるかもしれないとキューニフ氏は言う。

 「でも、被害額が大きく、他の詐欺事件ではそこまでの軽減はなされていないので、もっと重い量刑になる可能性もあります」

最高のフィナーレ?

 記者という仕事を通じて、何千という人に取材をしてきて思うが、人の本性など簡単には見えてこない。私が球場での取材で見てきた水原氏も、大谷のために忠実に仕事をこなしている印象だった。

 大谷自身も、メディアに対しては、一定の距離感を保ち、なかなか心のうちを明かすようなことはない。なので、特にアメリカの記者やファンには、大谷の人間性があまり伝わっていなかった。それによって、「実はギャンブルをしていたのは大谷だったのでは?」などという憶測すら広まった。

 しかし、結果的に見れば、今回の件を通して、大谷の人間性がアメリカにも広く知れ渡ったと言える。人間の本性というのは、窮地に立たされたときにこそ見えてくる。特に裁判沙汰に発展すると、証言や証拠などから、本音が明らかになることも多い。    9700ページにも及ぶ大谷と水原のテキストのやりとりなどが調べられた結果、大谷が銀行口座から大金がなくなっていても、全く気付いていなかったことが示された。野球にすべてを捧げる野球少年のイメージが証明されたのだ。一部の陰謀論者を除けば、大谷に対する疑念の声も聞こえなくなった。

 前述の「ジ・アスレチック」によるアンケートで、大谷は「雰囲気だけをもとに、最もチームメートにしたい選手」の2位にも選ばれた。メジャーの選手たちに、実力だけでなく人柄も評価されているということだろう。

 もしも、前半戦にこれまでのような活躍ができていなければ、スキャンダルが原因ではないかといつまでも話題にされただろう。しかし、大谷は自らのバットで、そうした雑音を吹き飛ばした。

 米球界を震撼させるほどの大スキャンダルに見舞われた大谷が、それを乗り越えてチームをワールドシリーズ優勝に導く。今年は、そんな映画のようなフィナーレで、世界の野球ファンを魅了するかもしれない。


志村朋哉 米カリフォルニア州を拠点に、英語と日本語の両方で記事を書くジャーナリスト。5000人以上のアメリカ人にインタビューをしてきて、米国の政治・経済や文化、社会問題に精通する。地方紙オレンジ・カウンティ・レジスターとデイリープレスで10年間働き、米報道賞も受賞した。大谷翔平のメジャーリーグ移籍後は、米メディアで唯一の大谷番記者も務めていた。著書『ルポ 大谷翔平』、共著『米番記者が見た大谷翔平』(朝日新書)

(2024年7月6日掲載)


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