「履歴書の空白」をどう過ごした?◆キャリアブレイク経験者に聞く、無職の効用【時事ドットコム取材班】#令和に働く

2024年06月07日10時00分

 一時的に離職や休職をして休息時間を取る「キャリアブレイク」という言葉を知ったきっかけは、友人の退職報告が相次いだことだった。30代の転職は珍しくないが、「次を決めずに辞めた」と聞き、驚いた。調べてみると、実は多くの人が次の職に就くまでに一定の離職期間を経験しており、「無職の時間」を前向きに受け止める人もいるという。彼らはなぜ離職し、離れている時間をどのように過ごしたのだろう。記者は興味を引かれ、取材を始めた。(時事ドットコム編集部 川村碧

 【時事ドットコム取材班】

社会のレール、外れたらだめ?

 「一度立ち止まりたい」―。神奈川県に住む会社員女性(29)は、2022年3月、新卒から5年勤めた人材系企業を退職した。上司と合わず自己否定状態に陥ったことなどが理由で、「転職活動をしても今の環境から逃げるという基準でしか選べない。いったん休みたいと思って、何も決めずに辞めた」と話す。

 貯金と失業給付でやりくりし、旅行や読書といった好きなことをして解放感を味わった。「人生で仕事をしていない期間があってもいいし、どこも人手不足なので無職期間があっても仕事は見つかるはずと考えていた」という。とはいえ不安がなかったわけではない。「学生時代も『いい子』で、新卒で上場企業に入って模範的な人生を歩んできたのに、会社を辞めて無職になるという大きな決断をした。社会のレールから外れた自分はもう元に戻れないかもと思うこともあった」と女性は打ち明ける。

 一方、退職後にウェブスキルを学ぶため入会したキャリアスクールでは、さまざまな出会いがあった。「起業やフリーランスなど多様な働き方をしている人と話し、視野が広がった。前職では早く成長しなきゃと焦っていたが、当時は企業の中でしか通用しない価値観に縛られていた」と振り返る。

 女性は約1年後に転職活動を始め、「人と人をつなぐ仕事がしたい」と、再び人材業界に戻った。自分と向き合った時間を経て、相手の気持ちを考え過ぎて自分はどうしたいのか決めるのが苦手という、思考の癖に気付いたそうだ。「会社の正解に合わせるのも大事だが、これからは自分で決めて行動していくという気持ちが生まれたのが大きな変化だと思う」と落ち着いた表情で話した。

離れた時間が「自分の糧」に

 キャリアチェンジのために、約1年間の離職期間を設けた人もいる。大阪市で飲食店店長をしていた中尾一也さん(45)は、就業環境や仕事への適性について悩んでいた20年、コロナ禍に見舞われた。店は休業となり、「今が自分の働き方や家族の暮らしを変える機会なのではと感じた」と話す。妻の後押しもあって、関心のあった社会福祉士を目指そうと決心。妻の両親が住む神戸市に家族で移り、21年3月に退職した。

 昼間は子どもの弁当作りや送り迎えをし、夜は専門学校で勉強する日々。保育士の妻が家計を支えた。「経済面の不安はあったが失業給付と妻の収入、前の家の売却益などもあり、乗り切れた」と振り返る。離職中は、PTA役員やボランティア活動に挑戦したほか、家族で過ごす時間も増え、幸せを感じたそうだ。

 マイナス思考だった自分を見つめ直す1年でもあった。「うまくいったことも失敗もあったけれど、仕事以外の時間に経験したことが今の自分の糧になったと感じる。人と自分を比べなくなり、幸せの尺度は人によって違うと思えるようになった」と自身の変化を受け止めている。

 2度目の試験で社会福祉士に合格し、現在は障害者相談支援センターで働いている中尾さん。「すべての人にキャリアブレイクを勧めるわけではない」と前置きした上で、「もし職場で自分が認められていないと感じているなら、いったん離れるという選択肢もある。人生の中で休んで考える時間があってもいいのではないか」と語った。

「離職期間あり」は約7割

 「次の仕事に就くまでに離職期間がある人は、実は約7割います」。そう話すのは離職者同士のつながりを支援する「キャリアブレイク研究所」(神戸市)の北野貴大代表だ。厚生労働省の「2020年転職者実態調査の概況」をみると、「離職期間なし」は26.1%で、1カ月未満~10カ月以上の期間があった人は69.1%に上る。転職先に移るまでの短期の休みと考えられる「1カ月未満」を除くと41.5%だった。

 北野代表が離職した500人以上に話を聞くと、「病気や家族の事情、働くことへの違和感など理由は十人十色」だったが、一時的な離職を人生の充電期間として前向きに捉え、次に進む足掛かりにしようとする人も多いことが見えてきた。「収入が止まり、社会的なコミュニティーから離れることで、多くの人が孤立する。キャリアブレイクを人生の良い転機にしようとしている同じ境遇の仲間と出会える場が必要」と考え、休職者や離職者が学んだり、対話したりできる「むしょく大学」や「無職酒場」といった場も提供している。

 北野代表は、キャリアブレイクという選択肢が広まることでもたらされる効果にも注目する。「就職活動で頑張っても内定がもらえなかったり、会社で上司と合わなかったり、人生でうまくいかないことはたくさんある。そのときどきの転機を受け止めるか、引きこもって立ち直れなくなってしまうかでは大きな差がある。一時的に離れるという選択肢を当たり前にすることで、救われる人もいると思う」と語った。

「空白」ではなくライフキャリアの一部

 日本の労働環境が変わりゆく中、キャリアブレイクは今後の働き方にどのような影響を与えるのだろうか。キャリア形成に詳しい法政大大学院政策創造研究科の石山恒貴教授によると、日本では戦後、企業が長期的に雇用を保障する代わりに、正社員は転勤や残業を受け入れて働く雇用システムが形成されたという。企業はこの仕組みに従う社員を評価・昇進させるため、いったん離職し「キャリアの空白」ができると、再び正社員として同じ雇用環境に戻ることが難しくなる。

 売り手市場の現在も、日本企業にこうした構造は根強く残るが、石山教授は「仕事の経歴を示す『ワークキャリア』は、家庭や地域活動、趣味といった人生経験の蓄積である『ライフキャリア』の一部にすぎない。仕事を休んでいた期間は空白ではなく、そこで得た経験が人生や仕事に生きるはずだ」と説く。

 企業で働く人の中にも、「長年同じ会社で働いてもスキルが積み上がらない」との悩みに加え、特にゆとり教育やキャリア教育を受けた世代を中心に「自分の生き方や個性を大事にしたい」と考える傾向もある。石山教授は「働き方改革や副業の解禁によって柔軟な働き方が推進されていることを考えると、キャリアブレイクを当たり前と受け止める社会になっていくべきだ。しかし、昔からある雇用システムが生んだ、休むことが許されないという規範意識と、新しい価値観の衝突が起きている」と現状を分析する。

 石山教授によると、メンタル不調や職場環境の問題に疲れ果て、やむを得ず離職を選んだ人でも、休息を取るうちにエネルギーが戻ってくることもあるという。「仕事を手放したからこそ自分を見つめ直し、自分らしい在り方は何か考えることができる。このように仕事以外の経験を積み、重層的に物事を考えられるようになった人材は、企業にとっても魅力的だし、雇用形態にこだわらず(起業やフリーランスなどで)新しい活動を始める可能性も秘めている」と語った。

取材を終えて

 「心を取り戻した」「ゆとりができた」。キャリアブレイク経験者の話で印象に残った言葉だ。記者が気付いたのは、仕事や生き方に悩みを抱える当事者が一時的に仕事から離れ、普段はできない体験をすることで、自分の心身を回復させていく効用があるということ。人生100年時代では、途中で立ち止まったり、歩んできた道を振り返ったりする時間は無駄ではなく、次の一歩を踏み出す力に変わるのかもしれない。取材を終え、そんなことを考えた。

 この記事は、時事通信社とYahoo!ニュースの共同連携企画です。

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