「イスラームは怖い」のか? 報道と現実の乖離 宗教情報センター専任研究員・荒木亮【時事時評】

 2023年10月7日、イスラーム組織のハマスによるイスラエルへの越境攻撃が発生した。ガザ地区にほど近い場所で行われていた野外音楽祭も標的となり、襲撃の様子がSNSを通じて拡散された。参加者が逃げ惑う映像や目撃談から明らかとなる現場の状況は凄惨(せいさん)そのものと言える。そして、戦闘員が「アッラー・アクバル〔神は偉大なり〕と叫んでいた」といった情報を目にすると、過激な暴力がイスラームの名の下に行われている印象を強く抱く。

 イスラームと暴力とを結び付ける報道や言説は、いわゆる「イスラム原理主義」という表現がおおよそ1990年代に流布したことに象徴される。エジプトにおけるサダト大統領暗殺事件(81年)や米・世界貿易センタービル爆破事件(93年)などの過激で暴力的な出来事が起きた。そして、こうした事件の背景にイスラームの思想や理念を急進的に信奉するムスリムの存在が明らかとなった。そこで当時のメディアは、こうした動きをキリスト教のファンダメンタリズムに倣って「イスラム原理主義」と表現した。

パレスチナ問題と宗教復興の萌芽

 90年代頃に「イスラム原理主義」と表現された、急進的にイスラームの思想や理念を希求する動きは、今日、少なくともアカデミックな文脈では広く「イスラーム復興」と呼ばれている。また、こうした現象や運動がムスリム社会で興隆する契機として、冒頭で触れたガザ紛争にもつながる第3次中東戦争(67年)が挙げられる。

 パレスチナの土地を巡る争いが長らく続いてきた。しかし、第3次中東戦争においてエジプトやシリアを軸としたアラブ諸国の連合軍が、侵攻してきたイスラエル軍に大敗を喫する。結果、イスラーム第三の聖地とされるエルサレム、ならびにヨルダン川西岸やガザ地区がイスラエルに占領された。

 敗戦後のアラブ諸国では、閉塞(へいそく)感と屈辱感が社会にまん延した。なによりいわばユダヤ教の「宗教国家」であるイスラエルに敗れたという事実が大きなインパクトとなった。アラブ諸国のムスリム大衆の間では、敗戦の原因を自己ないしは自社会における信仰心の低下に求める世論が形成されていった。その結果、社会主義的であり世俗主義的でもあるアラブ民族主義的な政治思想が後退し、自己および自社会のあるべき姿をイスラームに託す動きが生じた。すなわち、第3次中東戦争でのアラブ諸国の大敗が、国家や社会におけるイスラームのあり方を再考する宗教復興を引き起こしたのだ。

展開するイスラーム復興の諸相

 イスラーム復興という現象は、後に殺害されるサダト大統領下のエジプトにて顕在化して、さらにはイラン・イスラーム革命(79年)やアフガニスタンにおけるターリバーン政権樹立(96年)などの出来事として現実化する。また、先に挙げた世界貿易センタービル爆破や9.11米国同時多発テロ(2001年)といった過激な事件もイスラーム復興の一つの帰結と言われている。

 ただし、こうした出来事に着目してイスラームを急進性や暴力性といった言葉と結び付けるのは安易な思考かもしれない。そもそも、アラブ諸国におけるイスラーム復興の萌芽は、先に見たように、敗戦を契機として顕在化したアラブ民族主義の行き詰まりに代わるイデオロギーとしてイスラームが持ち出されたことに起因する。実際、エジプトのサダト大統領は、前政権下では冷遇されてきたムスリム同胞団といったイスラーム組織を厚遇することで大衆ムスリムからの支持を取り付けた。そのうえで、彼らを政治動員することで政体の刷新、すなわち国内における旧来の左派勢力を抑えつつ自由主義的な経済開放政策を推し進めた。したがって、第3次中東戦争後にムスリム社会でみられたイスラームの前景化は、イスラエル、さらにはその背後に控える欧米社会との争いに勝利するという社会的・政治的な文脈が既にある中で生じた現象であることは忘れるべきではないだろう。

イスラーム主義と多面的なイスラーム復興

 既にみてきたように、イスラームを国是とする国家が成立すること、あるいはそこまではいかなくとも、政治的な文脈においてイスラームを掲げた運動が展開されるといった現象が宗教復興において見られる。こうした現象に対して、アカデミズムではイスラーム復興の中でも「イスラーム主義」と表現してきた。

 他方、必ずしも政治的とは言えないが生活の中でイスラーム的と認識される象徴や行為が以前よりも顕在化してきた。そして、こうした現地社会の日常的な変化を、ムスリム社会を対象とした研究者はイスラーム復興を示す出来事として捉えることに努めてきた。

 例えば、先述したサダト大統領の下で拡大したムスリム同胞団は、エジプトのイスラーム復興を担ったイスラーム組織として知られる。ただし、彼らは必ずしも急進的に「イスラーム主義」を信奉するばかりではない。イスラームを掲げて貧困層への支援や医療サービスの提供といった慈善事業を展開することが彼らの中心的な活動の一つであった。そして、エジプトの大衆も彼らのそうした活動を支持していた。

 もう一つ事例を加えたい。イスラーム復興を示す象徴的な出来事として、イスラーム教徒の女性たちの間で生じたベール着用者の増加が挙げられる。イスラーム復興が社会に浸透していく中で、女性たちはいわば敬虔(けいけん)さの証しとして、イスラームの規則に従いベールを着用するようになった。ただし時代が下るにつれて、ベールを着用する女性たちの服装は消費文化に対応した、ファッション性が加味されたものへと変遷を遂げていった。こうしたおしゃれなイスラーム・ファッションの展開はエジプトといったアラブ諸国に限らず広くムスリム社会に見られる。じっさい、世界最大のムスリムを抱える国家インドネシアではイスラーム服を身にまとう女性たちによるファッション・ショーが開催されていたりもする。

ムスリム社会と、政治と文化

 独自の法体系であるシャリーアを備えるイスラームは、信者である人々(ムスリム)の生活の隅々までも規定する一つの文化的なプログラムと言える。であるが故に、国民国家の成熟化が進む近代社会の中にあって、イスラームはしばしば政治的なるものに巻き込まれたり、政治性を帯びたり、また時には国家法とせめぎ合うこともある。そして今日を生きるムスリムは、世俗的な価値や思想に触れることや、ともすれば彼らの中に世俗と信仰との摩擦が生じることもある。ただし、ムスリム同胞団が宗教的な使命感を持って慈善事業に取り組んでいるように、格差が拡大する新自由主義的な世相にあって、平等性の担保や利他性の発露がイスラームという宗教に起因するものであることは忘れるべきではないだろう。

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荒木 亮(あらき・りょう)1987年、三重県生まれ。首都大学東京(現・東京都立大学)大学院人文科学研究科修了後、インドネシア科学院客員研究員、千葉商科大学非常勤講師、東京大学・総合文化研究科・特別研究員(日本学術振興会特別研究員PD)などを経て、宗教情報センター専任研究員、神奈川大学非常勤講師。専門は社会人類学。主な著書に『現代インドネシアのイスラーム復興 都市と村落における宗教文化の混成性』(弘文堂)など。
(2024年3月4日掲載)
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