自民の派閥解消、なぜ放置? 政治改革大綱から30年超【政界Web】

「派閥と政治資金の関わりや、派閥の内閣、国会および党の全般にわたる人事への介在、派閥本位の選挙応援など、さまざまな弊害を生んでいる」。自民党がこんな危機感を示したのは、昨年末から続く派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件が初めてではない。政官財界を巻き込んだ一大疑獄「リクルート事件」を受け、同党が1989年5月にまとめた「政治改革大綱」の一節だ。この中で掲げた派閥解消がなぜ、30年以上も実践されなかったのか。背景を探った。(時事通信政治部 堀内誠太)

漂う既視感

 大綱は縦書きの12ページで、全3章の構成。故後藤田正晴元官房長官らがまとめた。その柱は衆院の選挙制度改革。「諸問題の多くが中選挙区制度の弊害に起因している」との問題意識からだ。

 派閥解消にも言及。▽総裁や副総裁、幹事長ら党役員と閣僚は在任中、派閥を離脱▽派閥間であたかも党機関に代わる意思決定と誤解されることは行わない▽従来の派閥や当選回数重視の人事から能力主義、抜てき主義を加味した人事に改善―などを盛り込んだ。

 一方、自民党の政治刷新本部が裏金事件を受け、今年1月にまとめた政治改革の「中間取りまとめ」の内容には、89年当時の既視感が漂う。

 派閥について「『お金や人事のための集団』とみられても致し方ない状況が継続してきた」と認めた上で、政策研さんや若手育成を担う「政策集団」に「生まれ変わらなければならない」と宣言。派閥パーティーの禁止や、夏・冬に配る活動費「氷代」「餅代」の廃止を打ち出した。人事への影響力排除もうたった。

小選挙区制の導入優先

 35年を経て再び注目を浴びる派閥解消の議論。この間、実現しなかった理由について、自民党ベテランは「大綱にうたわれた小選挙区制の導入が『政治改革』として優先された」と指摘する。

 大綱から5年後の1994年、公職選挙法が改正され、1選挙区から1人の当選者を決める小選挙区制が導入、96年衆院選から実施された。それまでは、1選挙区から複数が当選する中選挙区制が採用されていた。党内で当選を争う「同士打ち」が常態化し、「金権政治」の温床とされた。

 制度移行に際し、自民党が苦慮したのは支援者の「すみ分け」だった。中選挙区制の時代、同一選挙区で複数当選した同党議員は、それぞれ後援組織を抱えていた。小選挙区制では、選挙区内の党公認候補が1人となるため、支援者も一本化する必要があった。

 党関係者は「きのうまでの敵を支持してもらうようなものだ。それを300近くの選挙区で行うことは、党の組織として大きなエネルギーを使った」と解説。派閥解消はあくまで「党内の話」として二の次になったと振り返る。

 小選挙区制では、候補者の公認権を握る党執行部の権限が大きくなり、交渉団体として「派閥」の存在意義が増した側面もある。「議員が個人で交渉するよりも、力のある領袖(りょうしゅう)の下で集団として交渉した方が効果的」(党関係者)というわけだ。

派閥は「人の営み」?

 今年9月の党総裁選を前に、解散を決めた派閥が「議員集団」として復活するとの見方は、党内に根強い。幹部の一人は「近しい人間が集まり、集団化するのは人の営みだ。派閥は解消しても、それを否定はできない」と強調。「派閥=悪」との考え方に反論する。浮かんでは消えてきた派閥解消が今回、本当に「実」を伴ったものとなるか。その行方は依然として見通せない。
(2024年2月16日掲載)
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