高知県を走る第三セクター鉄道、土佐くろしお鉄道は二つの路線で営業しています。まず、ごめん・なはり線。こちらは、JR土讃線の後免駅(南国市)から奈半利駅(奈半利街)までの42.7キロを結ぶ、駅の数は21駅と比較的多い路線です。
まるで豪華客船! オープンデッキ車両
開業したのは2002年と比較的新しく、新しい技術が詰まったローカル線と言えます。何よりも路線の大半が高架橋上を走り、踏切も少ないです。車両は主に9640形気動車が行き来しています。社名の「くろしお」にちなんで「9640」形となりました。
この9640形、11両ある車両のうち2両は全国的に見ても非常に珍しいオープンデッキ車両なんです。列車の側面にオープンデッキがある姿はまるで豪華客船のようで、太平洋からの風を直接楽しめる構造になっています。車両の前や後ろにデッキがある車両は珍しくありませんが、このように側面にデッキが設けられている車両は貴重で、ぜひチェックしていただきたいです。
オープンデッキ車両は「やたろう号」「しんたろう号」の名前で毎日運行しています。ご想像の通り、高知県出身の三菱財閥創設者、岩﨑弥太郎と、幕末の志士、中岡慎太郎にちなんだ命名。奈半利発着が「しんたろう号」、安芸発着が「やたろう号」というふうに二人の出身地に近い駅がベースとなっています。
この路線の特徴は各駅にキャラクターがいること。そのいきさつをお尋ねしたところ、「高知県出身の漫画家やなせたかし先生に依頼し、各駅地元の地域性や特徴を表現した愛らしいキャラクターを生み出していただきました」とのこと。大きな駅だけでなく、小さな駅にもキャラクターがいるのはかなり珍しく、あかおか駅(赤岡町)にあるガラスケースには各駅のキャラクター人形がずらりと展示されているので、ぜひご覧いただきたいです。
本場より派手なタイガース車両
実際に乗ってみました。高知駅(高知市)から直通運転する列車には、真っ黄色の阪神タイガースラッピングが施されていました。毎年、秋季キャンプが安芸市で行われていることのご縁もあってのラッピングでしょうが、本家の阪神電車よりもずっと派手です。車両中央部にある転換クロスシートは立派で背もたれの高さがとても高く、日本一ではないかと思います。
後免駅を出発した列車はすぐ高架線に入ります。駅間がとても短く、加速しては停車し、加速しては停車しを繰り返します。あかおか駅を出ると車両は海岸線の近くに躍り出ます。高架橋の防護壁は車窓の高さまではなく、ぐっと近づく太平洋は絶景です。しばらく海沿いを走り赤野駅(安芸市)を越えるとトンネルがあって、すこし内陸を走ったところで安芸駅に到着です。
安芸駅は大きな駅で車両基地もある有人駅です。ここまで学生さんや地元の方と思われるたくさんのお客さんで車内はにぎわっていましたが、ほとんどの方が下車されました。ここで降りられた方も引き続きご乗車の方も、この路線が開業される前は、どうされていたのでしょうか? バスやマイカーを使っていたのでしょうか? スピードも早く、直接高知駅まで乗り入れる列車もできて便利になっているのだと思います。鉄道が地元の方の役に立っている様子をみると、うれしいですね。
安芸駅を出発した列車はやがて終点の奈半利駅に到着。単線の高架駅でこぢんまりとしたターミナルホームですが、駅舎はしっかりしていて、太平洋を一望できる「イタリア食堂トンノ」や、地元の名産品や駄菓子が売っている物産館「無花果(いちじく)」があり、存在感のある駅です。室戸岬など各方面へは、ここからバスとなります。
大人ジェラートに舌鼓
少し途中下車をしてみました。香我美駅(香我美町)から夜須駅(夜須町)まで歩いてみることにしました。
香我美駅すぐそばにあるのがイタリアンジェラートのお店「ドルチェかがみ」です。オリジナルも含めて豊富なメニューがありまして、私はカップの「塩」を注文。あっさりした味と、舌触りは絶品。甘さの中に塩のアクセントがあってとてもおいしいです。
駅から少し歩くと防波堤上の道路に出ます。やはり太平洋は偉大ですね。地球が丸いのもよく分かります。20分ほど散歩がてら歩くと、やがて岬状になった出島が見えてきました。夜須駅も間もなく。この岬は「ヤ・シィパーク」という公園になっていて、海水浴やバーべキュー、ビーチバレーなども楽しめます。「道の駅やす」もあって買い物や食事もできるゾーンになっています。
夜須駅は高架になっているので、ホーム上からはこの辺りの地形を一望できます。ヤ・シィパークの奥に飛行機が降下していくのが見えました。実は飛行機が降りたこの高知龍馬空港(南国市)は、ごめん・なはり線のいち駅(香南市)が最寄り駅で、着陸寸前の飛行機が見えるのです。
大きな窓で絶景堪能
土佐くろしお鉄道のもう一つの路線、中村・宿毛線は「四万十くろしおライン」という愛称を持っており、JR四国から中村線(63年開業、70年全線開業)を引き継ぎ1988年に開業した路線で、97年に宿毛駅(宿毛市)まで延伸しました。路線距離は66.6キロとなります。
同線はJR窪川駅(四万十町)のすぐ隣に位置する土佐くろしお鉄道窪川駅のホームから列車は出発します。使用される車両はTKT8000形気動車。土佐くろしお鉄道が誕生した頃から走っている車両です。
特徴は車両中央部にあるクロスシート部分だけ窓がとても大きくなっていること。この大きな窓部分には網棚もなく、景色をしっかり堪能することができます。この車両が初めて報道公開された際には、高知県では珍しく雪が降りました。鉄道の専門誌に雪のうっすら積もった車両基地で撮影された写真が掲載されていたのが印象に残ります。
JRから特急列車が乗り入れしているのも特徴で、高知方面からは特急「あしずり」が通ります。また、高松駅方面からの下りだけ乗り入れている特急「しまんと」が中村駅まで来るのも興味深いです。
太平洋の大きさ実感
今回は窪川駅が旅の始まりです。出発してしばらく走行するとやがて一山越えることになります。若井駅(四万十町)を出て川奥信号場(黒潮町)を過ぎるとJR予土線が分岐されますが、そこからがループ線の始まり。ループ線とは、山岳地帯などの高低差があるところに線路を引く際に用いられる技法で、線路を円を描くように敷設することで走行する傾斜をできるだけ緩やかにしているのです。
しばらくは山の中を走行するので“黒潮感”は全くありませんが、土佐佐賀駅(黒潮町)辺りからようやく左手に大きく太平洋が展開してきます。国道を左下に見ながら山の中腹辺りを走るので、眺めは抜群です。私の行った日はあいにくの曇り空でしたが、それでも眼下に広がる海は迫力がありました。
ここまで田舎の風景の中をひた走るのですが中村駅(四万十市)が近づいてくると、大手チェーンのハンバーガー屋さんの看板が出てきてどんどん市街地になってきます。そして中村駅で半分位のお客さんが降りました。
中村駅を出るとすぐ四万十川です。これがかの有名な四万十川かと思うと感慨深いです。こういう河口近くの鉄橋を走る際は独特の感動を覚えます。川としてのエンディングを迎えるようなフィナーレ感があるんですよね。
こうしてゆっくり川を渡るとここからが延伸された区間です。小さな駅をいくつか過ぎ、短いトンネルなどを通っていくと終着の宿毛駅に着きます。宿毛駅手前からは高架になっていてとても近代的な作りです。ホームが2階、コンコースが1階にあって、まるで大手私鉄駅のよう。構内にはみどりの窓口があるのも特徴で、JRの特急が乗り入れすることを物語っています。
駅前には大きなバスロータリーがあり、飲食店やパン屋さんなど店舗も豊富。朝から営業している喫茶店もあってぜひ立ち寄ってみたかったのですが、この日は残念ながら定休日でした。
木材多用した温もりある駅舎
さて、少し戻って中村駅周辺を散歩してみたいと思います。中村駅も大きな駅で車両基地もあります。地元産のヒノキを使った待合室は温もりが感じられる空間で、2014年には鉄道関連唯一の国際デザインコンペティション「ブルネル賞」で優秀賞を受賞しました。
売店には土佐くろしお鉄道関連グッズだけでなく、地元のお酒やかまぼこなどのお土産もたくさん販売されています。駅前にはホテルや民宿があり、少し行くと携帯電話のショップもあり大きな街だなと改めて思います。昔ながらのたこ焼き屋さんがあっておばあちゃんたちが談笑をしています。いい街ですね。
今回は時間がなかったため次ぜひ訪れたいポイントをピックアップさせてください。それは「トンボ王国」。ホームページによると、「『学遊館あきついお(トンボ館とさかな館)』と『四万十トンボ自然公園』で構成されている世界初のトンボ保護区であり、これまでに81種のトンボが見つかった日本一のトンボ保護区」だそう。
最近都心で生活している私は、トンボを見る機会が全く減りました。もともと奈良県の田舎で育っていたので、トンボは友達、たくさんのトンボがそこら辺にいる土地で生活していましたので、トンボは私の少年時代を思い出させるものです。
こちらだけで81種類もいるんですね。オニヤンマ、ギンヤンマ、シオカラトンボ、イトトンボ、アキアカネ…私は多分、10種類くらいしか見たことがないです。いろんなトンボをぜひ見てみたい。魚もたくさん飼育されているようで興味深いです。ぜひ1日かけて行ってみたいですね。土佐くろしお鉄道中村駅からはタクシーで10分、具同駅(四万十市)からは歩いて20分です。
さてランチの時間です。窪川駅前の「末広食堂」に行ってみました。昔ながらの食堂で、地元のお客さんが昼食を待っています。メニューを見てみました。定食からオムライスまで豊富なメニューは圧巻です。
私はランチの豚肉生姜焼きを注文しました。通年メニューだという冷麺にするかどうか正直迷いました。自家製ゆずのスープ付きなのにも引かれましたが、次回にすることにしました。活気ある厨房と順にどんどん運ばれてくるお料理、まさに元気な食堂といった雰囲気です。
少し待って私の定食がやって来ました。メインの生姜焼き以外にも小鉢がたくさん付いて、冷ややっこにスダチが添えられているのが高知っぽい。サラダが立体的に盛り付けられていて手抜きがないのが、さすがプロ。柔らかい豚肉は食べ応えがあって、とてもおいしく、とても満足でした。
地元の英雄描いた鉄印も
土佐くろしお鉄道の鉄印は、ごめん・なはり線では安芸駅、中村・宿毛線では中村駅で入手できます。それぞれの駅の文字に、TKTのスタンプが押されています。スタンプの色は安芸駅が青、中村駅が水色と少し差別化されています。
文字は地元高校の書道部の先生に書いていただいたものを印刷して使用しているそう。高知県の特産品に和紙があるのと、初期の頃は先生に直接書いていただいていたこともあり和紙を選定しました。その後は印刷用の和紙を使用しています。現在は期間限定で三セクと桃鉄がコラボした「桃鉄印」が販売されています。土佐くろしお鉄道版は坂本龍馬が描かれています。
高知県の東西を走る土佐くろしお鉄道。昔、社会の授業で習った黒潮。この太平洋の黒潮の流れが私たちの生活にもたらすものは、気候や漁業などとってもたくさんあり、そのありがたみを全身で感じることのできる第三セクター鉄道、ぜひ訪れてください。
(2023年9月14日掲載)