政治ジャーナリスト・泉 宏
岸田文雄首相のウクライナ電撃訪問が国内だけでなく、国際社会にも大きな波紋を広げた。日本の首相の戦地訪問は戦後初めて。政府はトップリーダーの安全確保を大前提に極秘裏に準備を進め、何とか実現にこぎ着けた。ただ、徹底した情報管理の割には、首相の隠密行動がメディアのカメラに捉えられたため、内外から危機管理を疑問視する声が相次ぎ、多くの課題を残した。
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もともと首相はウクライナ訪問に強い意欲を持ち、昨年からチャンスをうかがっていた。2023年は日本が先進7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国。これを踏まえ、首相は5月の広島サミットで指導力をアピールするため、「G7 までにウクライナでのゼレンスキー大統領との首脳会談を実現したい。できなきゃ外務省は必要ない」などと強く指示していたとされる。
これに対し、同省内には「首相の安全確保が極めて困難」(幹部)との慎重論が強く、なかなか計画が具体化しなかった。日本の首相が戦地に入るという過去に例のない試みで、自衛隊には要人警護を目的に海外派遣する規定がないため、首相警護は警視庁SPに限られるからだ。外務省は、強力な警護組織を持つ米英両国などへの協力要請も模索したとされるが、最終的にはウクライナ政府に安全確保のすべてを委ねたのが実態だ。その結果、首相はまず訪問先のインドからプライベートジェットでポーランドに飛び、そこから鉄道で片道10時間もかけてウクライナ入り。戦災地の視察やキーウでの首脳会談をこなした後、再び鉄道でポーランドに戻り、プライベートジェットで帰国するという方法を選択した。
批判渦巻く「必勝しゃもじ」贈呈
そこで問題となったのがメディアとの関係だ。約1カ月前のバイデン米大統領のウクライナ電撃訪問では、通信社記者 2人が大統領番として同行したが、通信手段を奪われ、すべては事後報道となった。日本でも、外国出張時も含めて首相には常に2通信社(共同・時事)の記者が同行し、「首相動静」として逐次、全メディアなどに配信する仕組みが定着している。しかし政府は「極秘訪問を事前にメディアに知らせれば、情報漏えい防止は極めて困難」(首相官邸筋)と判断。「架空の首相日程」(同)まで仕立て上げ、あえてメディアを欺く形で極秘訪問を敢行した。計画を知っていたのは首相秘書官やごく一部の関係者だけで、約1カ月前に具体化したとされる。
ただ、メディア側も「いつ訪問するかを徹底取材」(中央紙の幹部)した結果、「インド訪問の後しかあり得ない」(同)と判断。3月19日には一部メディアが「きょうにもキーウ入り」と報じた。このため、首相が乗ったとみられるプライベートジェットがインドの空港から飛び立つ様子や、ポーランドの鉄道駅から首相が列車に乗り込む姿を望遠カメラで捉えて報道し、野党などから「安全確保も含め、危機管理がなっていない」と批判された。
さらに、首相がゼレンスキー氏に地元・広島名物の「必勝しゃもじ」を贈呈したことで、「甲子園と外交をごっちゃにしている」「緊張感が欠けている」といった批判が渦巻いた。ただ中国の習近平国家主席のロシア訪問、プーチン大統領との首脳会談と同時進行となったことなどから、野党側も首相の電撃訪問自体は評価せざるを得ず、結果的に追及は腰砕けに。与野党双方から「情報管理の見直し」を求める声も噴出しているが、「そもそも、こんな極秘計画が必要な状況にならないようにすることがG7議長国の使命だ」(自民党長老)との冷静な声も少なくない。
(2023年4月11日掲載)
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