政治ジャーナリスト・泉 宏
自民党の最大派閥・安倍派(96人)幹部の萩生田光一政調会長が、故安倍晋三元首相の「一周忌」をめどに同派の新会長を選出すべきだとの考えを示したことが、党内に複雑な波紋を広げている。永田町では「萩生田氏が『ポスト安倍』に名乗りを上げる意向を固めた」(自民長老)と受け止められているが、「集団指導体制で維持されてきた派内均衡を崩し、安倍派の空中分解につながる」(同)との見方もあり、同派だけでなく党内の権力構図を一変させかねないからだ。
【点描・永田町】前回は⇒「安倍家 VS 林家」遺恨の〝下関戦争〟
萩生田氏は1月31日のインターネット番組に出演した際、安倍派の今後について「一周忌をめどにしかるべきリーダーを立て、足らざるところがあれば支えていく体制でやっていきたい」と語った。ただ安倍氏の死去後、会長代理として最大派閥の運営に当たってきた塩谷立元総務会長が、同26日に開かれた安倍派の定例会合の後、同派の後継体制について「昨年の継続で今年も当面やっていく。新会長選出の動きは今のところない」と記者団に説明したばかりだっただけに、萩生田氏の発言が党内で注目されたのだ。
萩生田氏は番組でのやりとりの中で「私で役立つことがあると皆さんが言ってくれるのであれば、どういう立場でも頑張るつもりだ」とも発言。これが自身の会長就任への意欲と受け止められた。同氏周辺は「そんな意図は全くない」と慌てて打ち消したが、同氏を支持する議員は「ポスト安倍への準備が整ったということだ」(安倍派若手)と勢いづく。
さらに、官房長官として安倍氏を長く支えた菅義偉前首相も、2月3日のネット番組で将来の総裁候補の一人に萩生田氏を挙げ、「度胸がある」と評価した。これを受け、党内では「ポスト安倍はポスト岸田につながる」(菅氏周辺)との声も相次ぐ。
6氏が争えば「空中分解」の危機も
安倍派の領袖(りょうしゅう)で、自他共に認める党の最高実力者だった安倍氏が昨年7月に死去した後、同派の後継体制づくりは混迷を深めた。同9月下旬の国葬後、いったん塩谷氏の昇格案が浮上したが、安倍派に強い影響力を持つ森喜朗元首相や、若手議員の一部の反対で白紙に戻り、以来、現在まで集団指導体制が続いている。
そもそも同派内には、次期会長候補とされる有力者として萩生田、塩谷両氏のほか、松野博一官房長官、西村康稔経済産業相、高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長がおり、この6氏が覇を競うが、衆目の一致する後継者は見当たらない。だからこそ集団指導体制を維持することで、会長候補同士の主導権争いによる派内混乱を回避してきたのが実態だ。
それだけに萩生田氏の発言がライバルたちを刺激したのは当然で、西村氏がすぐさま2月1日の国会答弁で、急浮上した児童手当の所得制限撤廃論について「限られた財源で高所得者に配るより、厳しい状況の人を支援すべきだ」と反対姿勢をアピールした。会長代理の下村博文元文部科学相も同2日の派閥会合で、党が掲げる憲法改正4項目の条文イメージの見直しを提起。さらには世耕氏も、安倍氏の意向を踏まえての昨年末の台湾訪問や、防衛財源確保に向けた党内論議の提唱など、言動を活発化させている。
そうした中、森氏は2月20日掲載の地元紙インタビューで、萩生田氏について「(後継候補の中で)総合力は最も高い」と評価。安倍派内にも、来秋の総裁選をにらんで「すぐに新体制を築くべきだ」(若手)との声が広がるが、なお「萩生田氏の突出は派の空中分解につながる」との指摘もある。同派の内紛は「政局にも影響する」(自民長老)だけに、首相や党幹部は「ハラハラしながら推移を見守る」(同)ことになりそうだ。
(2023年3月6日掲載)
次回「憲政53年「壊し屋」小沢氏の落日」は3月13日(月)掲載予定
◆点描・永田町 バックナンバー◆
◆時事通信社「地方行政」より転載。地方行政のお申し込みはこちら◆