政治ジャーナリスト・泉 宏
菅義偉前首相が年末年始にさまざまなメディアに登場し、岸田文雄首相を批判し始めたことが、永田町に波紋を広げている。2021年秋の「無念の退陣」以来、沈黙を守ってきた菅氏だけに「岸田政権の危機は深刻で早期退陣もあり得る、と判断して動きだした」(側近)とみられているからだ。菅氏は自民党の二階俊博元幹事長と共に「党内の反岸田勢力の旗頭」(自民長老)と目されており、菅氏の動きが党内実力者による主導権争いを活発化させそうだ。
【点描・永田町】前回は⇒首相が模索する政権維持戦略
菅氏の存在が国民的にも注目されたのは、政界での事実上の仕事始めとなる1月10日に発売された月刊誌「文芸春秋」2月号掲載のインタビュー記事だ。「目覚めよ!日本101の提言」という同誌の新年用大型企画のトップを飾り、タイトルも「派閥政治と決別せよ」と刺激的。菅氏はこの中で「岸田総理は未(いま)だに派閥の会長を続け、(それが)派閥政治を引きずっているとのメッセージになり、国民の見る目は厳しくなる」などと痛烈な批判を展開した。首相の年明け首脳外交のスタートとも重なる同9日にインターネット上で先行公開されたため、政界関係者の間でさまざまな臆測が飛び交う事態につながった。
そもそも「首相と菅氏は長期にわたった安倍・菅政権時代から折り合いが悪く、反目し合う関係」(自民幹部)だったことは周知の事実。しかも菅氏を退陣に追い込んだのが首相だったため、その後の政権運営でも両氏のあつれきが取り沙汰される場面は少なくなかった。しかし菅氏は沈黙を守り、首相も重要な政策決定などに際しては自ら菅氏を訪ねて意見を聞くなど、表向きは「共存共栄の関係」を装ってきたのが実態だ。それだけに今回、「菅氏自らが首相の政治姿勢をやり玉に挙げて苦言を呈した」(側近)ことで、政界では「すわ、菅氏の『岸田降ろし』が始まった」(自民若手)との受け止めが広がった。
再登板よりキングメーカー狙い
その菅氏は、1月8日から退陣後初の本格外交としてベトナムを訪問。同氏が20年9月の首相就任後の初外遊先に選んだのがベトナムで、今回はそれに感謝した同国の招請で実現した。菅氏は同国での一連の外交日程をこなした後の1月10日、ハノイで記者団に「派閥会長問題」だけでなく、首相が年頭に「異次元の少子化対策」を打ち出し、その財源として消費税増税が浮上したことも批判。「消費税を増税してということは(私は)全く考えていない」とクギを刺した。
「ポスト岸田」の有力候補たちの品定めをした週刊誌などの新年企画では、いずれも菅氏が上位にランクインし、永田町では「岸田首相が早期退陣に追い込まれれば、残る総裁任期をこなせるのは麻生太郎副総裁か菅氏」(自民長老)との声も上がる。ただ、菅氏周辺は「自らの再登板は全く考えていない」と否定し、「ポスト岸田政局を仕切ることでのキングメーカー狙いが本音」(同)と解説する。
これに対し、1月9日から7日間にわたる欧米5カ国歴訪による「G7(先進7カ国首脳会議=サミット)議長外交」で政権浮揚に腐心した首相は、冷水を浴びせるような菅氏の言動にも静観を決め込んだ。「いたずらに反応すると、菅氏の術中にはまる」(岸田派幹部)との判断からとみられ、菅氏とはこれまで同様の付き合い方を続ける構えだ。ただ、通常国会での厳しい与野党論戦や、自民苦戦が予想される4月の統一地方選など、首相を待ち受ける「政治的関門」は多い。内閣支持率の低迷が続けば政権危機は一段と深刻化しかねないだけに、その間の菅氏の動きが今年の政局展開を左右するポイントとなるのは間違いなさそうだ。
(2023年1月30日掲載)
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