男女関係のトラブルに端を発した凶悪事件が後を絶ちません。2023年は1月に福岡市の駅前路上で女性会社員が、4月に愛知県の駅ホームで女性会社員が、6月には横浜市のマンションで女子大生が、いずれも元交際相手によって殺害されました。「ストーカー」による凶行はどうすれば防げるのでしょうか。最悪の事態を回避する上で被害者が知っておくべき実践的な知識を、被害者・加害者双方のカウンセリング経験が豊富なNPO法人「ヒューマニティ」の小早川明子理事長に解説してもらいました。今回は、ストーカー加害者の行動や発言から危険度と切迫性を見極める方法についてです。
【目次】
◇ 5タイプのストーカー
◇ 被害度と危険度を可視化
◇ 「介入」必要なレベルとは
◇ 被害者が取るべき自衛策
◇ 最も危険なレベルとは
◇ 逮捕されても油断禁物
5タイプのストーカー
ストーキングとは、断られたにもかかわらず特定の対象に接近を繰り返す行為です。ストーカーは恋愛のみならず、あらゆる人間関係で存在します。親子、上司と部下、ご近所同士、医師と患者などなど。
オーストラリアの研究機関は、ストーカーを動機別に5つに分類します。失恋から始まる「拒絶型」、被害を受けたと思い込む「憎悪型」、孤独ゆえ知りあいに求愛する「親しくなりたい型」、憧れの対象に個人的関わりを求める「相手にされない求愛型」、常軌を逸した性癖から窃視や尾行をする「略奪型」の5タイプです。
友人と一緒に面接試験を受け、「自分だけ落ちたのは友人の態度のせいだ」と1年以上もつきまとった男性がいました。彼は「憎悪型」です。通勤電車で見かけた女性が心に残り、車内で自主的にボディーガードを始めた高齢男性は、女性が断っても「遠慮しないで」と言い続け、逮捕されるまでやめませんでした。彼は「相手にされない求愛型」です。
被害度と危険度を可視化
私が相談に乗るときはまず、「被害の程度」を①マナーレベル(「やり直したい」「ごめんなさい」などの懇願や謝罪をされる)、②民事レベル(「誠意を見せろ」「死んでやる」などの批判や攻撃が始まり損害が発生する)③刑事レベル(「殺す」「覚悟しろ」などの脅しや暴力、住居侵入が起きる)、の3段階に分けます。
次に「加害者の心理的危険度」を①自制レベル(放置すればストーカーになるが、まだ自分を制御できる段階)、②要介入レベル(第三者の介入がないと止められない段階)、③切迫レベル(止めたくても止められない段階。逮捕や入院による治療、被害者の避難が必要) の3段階に分けます。
被害者には、現時点の「被害の程度」と「危険度」を明示した上で、解決までのアクションプランや想定されるシナリオも示しています。解決までの道筋をある程度思い描くことができれば、無力感を抱いていた被害者は解決への意欲を持てますし、何を望んだら良いか分からずにいた被害者は望むべきことが定まってくるためです。
「介入」必要なレベルとは
ストーカー加害者の心理的危険度は、被害者に対する言葉や行動から判断します。「要介入レベル」にあるストーカーの特徴は、気分が高めで、言い分は千差万別に山ほどある他、まだ少しは被害者に好かれていると期待しています。「彼(彼女)には私が必要」、「別れの理由が不明」、「人としておかしい」というセリフがよく聞かれ、「ダメなら復讐する」「死んでやる」と口にすることも少なくありません。
「やり直したい」「話し合いたい」という低姿勢のメッセージであっても、二カ月以上続いていたら自制ができない表れですし、断られたのに手紙やプレゼントを送ってくるのも同様に「要介入レベル」です。ネットでの名誉棄損や、待ち伏せ、職場への押しかけは、「要介入」の中でも危険度が高いレベルにあると判断しましょう。
このレベルのストーカーには、警察や弁護士に介入してもらい、被害者に対する精神的な圧迫行為を直ちに止めさせないといけません。弁護士であれば、ストーカーに言い分を吐き出させることで、その言い分に正当性があるのか否かを吟味する時間をストーカーが持てる効果もあります。介入を受けた際に、ストーカーを「カウンセリング」や「治療」につなげ、心の方向転換をサポートできれば理想的です。
ストーカー加害者を臨床につなげる方法はいくつかあります。警察に▽警告を出す際、医師やカウンセリングの受診を働きかけてもらう▽加害者の家族に連絡を取って医療機関の情報を伝えてもらう―ほか、被害者が加害者を相手取って損害賠償請求や債務不存在確認の民事訴訟を起こした上で、和解条件に医療的措置を盛りこむことも有効です。
被害者が取るべき自衛策
ストーカーが、接触してきた警察官や弁護士に「相手こそ悪い」「裏切られた」「殺されても当然だ」などと⼝にするようであれば、警戒を高めなければなりません。殺意丸出しの暴言ではなく、このような敵意を隠さない発言であっても、被害者は自衛の策を取るべきです。
具体的には少なくとも、▽加害者が知っている自分の立ち寄り場所に近寄らない▽通勤通学は1人で行動しない▽外出時は周囲に気を付ける▽SNSで自分の近況や行動を発信しない―といった対策が必要です。また、加害者を「カウンセリング」ではなく医療機関につないで「治療」を受けさせることも検討しましょう。
ちなみに「カウンセリング」と「治療」の違いは、前者が「理性」に働きかけて思考を適正化する成長的なプログラムで、教育・訓練的なプログラムである認知行動療法が含まれます。これに対し、後者は高じた「欲求」そのものに働きかけ、それを低減させるものです。発熱や怪我をカウンセリングでは治せず治療が必要なのと同じように、「理性」では止められないレベルの衝動性を低めるには治療が欠かせません。
最も危険なレベルとは
最も危険な「切迫レベル」は、法の抑止が効かなかったり、衝動を制御できなかったりする状態のストーカーです。具体的には▽「殺してやる」と言ってくる▽暴力をふるう▽住居や敷地内に侵入する▽警告や禁止命令を受けても接触を止めない―者です。
ストーカーの切迫性を見極める上では、加害者の▽ストーキングの期間▽過去の暴力▽環境の変化▽周囲との関係―も考慮する必要があります。ストーキングしている期間が長い加害者ほどストレスは高まっており、過去に暴力をふるった人物であれば衝動性は高くて危険と判断しなければなりません。最近職を失ったり学校に行かなくなったりした加害者は、標的とする被害者のことしか考えられない状態にある可能性が高く、家族や友人との関係が薄く孤立している場合は、思い込みを強めている危険な段階にあると見る必要もあります。
こうした状態にあるストーカー加害者は絶望しています。どんなに相手を脅しても、警告を受けたり連絡手段を途絶されたりして望んだ反応を得られないためで、「最終手段」を講じる覚悟を固めていきます。水を飲みたい欲求に例えるなら、「もう絶対に飲めない」と悶絶して水がめを壊しにかかるイメージです。
逮捕されても油断禁物
このレベルの相手には、警告や禁止命令を出したり「カウンセリング」で理性に働きかけたりするだけでは抑止効果を期待できません。逮捕を急ぐべきです。ただし、逮捕されても加害者の危険度が低下するとは限らず、油断できません。逮捕と同時に意識下の欲求と衝動性を低減する「治療」を受けさせることが必要です。このような最も危険な段階の加害者を、私は「条件反射制御法」という日本で開発された治療法につなげています。
被害者は、先述したように警察を通すことに加え、加害者の弁護士に働き掛けることもできます。具体的には、加害者と示談する際の条件に治療を盛りこむほか、起訴後に保釈する際の住居を病院に制限すれば、加害者に事実上「治療」を強制させることができます。
ただし、治療への結びつきが実現しないことや、加害者が約束を反故にして治療を受けない事態もあり得ます。被害者は、支援団体の相談員や弁護士と相談し、加害者が釈放された後の自身の安全を確保するための準備をしましょう。
次回は「警察との付き合い方・目前の危機を脱する術」について解説します。
小早川明子(こばやかわ・あきこ) 1959年、愛知県生まれ。人材教育の会社勤務の後、独立。美術品の輸入業を経て、1999年に「ヒューマニティ」を設立し、2003年にNPO法人化。ストーカーや配偶者暴力(DV)、各種ハラスメントを解決すべく奔走している。ストーカー問題の第一人者で、これまでに3000人以上の被害者と700人超の加害者に向き合ってきた。警察庁が主催した「ストーカー規制法をめぐる有識者検討会」の委員を複数回務めた他、内閣府の「ストーカー行為等の被害者支援実態等の調査研究事業」の委員も務めた。