会員限定記事会員限定記事

納得? 諦め? 「政策判断」の先にあるもの【戦後保守政治の裏側 ㉓】

2023年07月24日

怒りなき社会の安保政策大転換(3)
日本テレビ報道局次長 菊池正史

「核兵器のない世界」

 5月19~21日に広島市で開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)を現地で取材した。被爆地での開催は初めてで、G7首脳が広島平和記念資料館(原爆資料館)を訪れ、首相の岸田文雄が自ら説明した。
 「共に被爆の実相に触れ、粛然と胸に刻む時を共有した。核兵器のない世界への決意を世界に示す観点からも歴史的なことだった」
 こう成果をアピールした岸田は、核軍縮についての単独声明「広島ビジョン」の取りまとめも主導した。その冒頭部分には「核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する」と明記された。
 「理想には手が届くのです。我々の子どもたち、孫たち、子孫たちが核兵器のない地球に暮らす理想に向かって、ここ広島から、きょうから、一人ひとりが広島の市民として、一歩一歩、現実的な歩みを進めていきましょう」
 岸田は最終日に行われたG7議長国としての記者会見で、こう強調した。

被爆者たちの失望

 G7首脳が結束して核軍縮と不拡散を誓い、ロシアを非難し、中国をけん制できたことは成果である。岸田がアピールしたように「核兵器のない世界」への機運はある程度、高まったかもしれない。
 その一方で、被爆者たちが期待していたものは、まさに岸田が言う「現実的な歩み」そのものだった。「言葉」より「行動」である。そこにこそ、被爆地・広島でサミットを開催することの意義を見いだしていたのだ。
 結果はどうだったか。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲が「核軍縮の実質的な前進をもたらす内容になっていない。核兵器を廃絶するという約束を伴わないもので、がっかりしている」と批判したように、被爆者たちが期待していた「具体性」はなかったと言っていい。
 また文書に記された「言葉」を読み込めば、「核兵器のない世界」の実現には「全ての者にとっての安全が損なわれない形で」という条件が付されている。その上で「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている」と記されているのだ。
 つまりロシアや中国、北朝鮮の核は許さないが、G7の核保有は「抑止」の観点から許されるという論理であり、日本原水爆被害者団体協議会の事務局長・木戸季市は「核抑止に立った議論がされ、戦争をあおるような会議になった」と批判した。

政治の本音

 いまだ、米国では「原爆は日本との戦争を終わらせるためのものだった」という世論が強い。バイデン大統領の原爆資料館訪問は、調整が難航したというのが現実だ。サリバン大統領補佐官が「歴史と、岸田への敬意を示すため」と語ったことからも分かるように、米国にとって岸田が演出した「被爆地・広島」という舞台への登壇は、「表敬のパフォーマンス」であり、「友情出演」の色彩が強かったことも否めない。
 そもそも外交とは、そういうものなのかもしれない。結束を確認するためのセレモニーであり、それを継続することが重要なのだろう。しかし、今回の結束は中国とロシアをけん制するという、世界の「分断」の上に成り立っているという点で、大きな危険性もはらんでいる。もはや中国やロシアをコントロールできないという点では、G7の「限界」を露呈しているとも考えられる。
 世界の経済成長に対する寄与率は、既にG7よりも、BRICSと称される新興5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の方が上回るという試算もある。ウクライナ問題も、G7の結束という演出だけで収束するものではないだろう。中国とロシア、さらには「グローバルサウス」と呼ばれる国々をどう巻き込むかが重要であり、その具体策がなかったという点も今回のサミットの大きな欠落部分と言えよう。
 フィナーレはウクライナのゼレンスキー大統領の来日で盛り上がりも見せたが、招待されて広島市内で会見したブラジルのルラ大統領からは「ロシアとウクライナの戦争については、G7ではなく国連で議論するべきだ」と冷や水を浴びせられた。半ば嫌みにも聞こえるこの発言は、まさにG7の力の限界を見越したものとも考えられる。
 限界を見据えての「核抑止」論は、「核兵器のない世界」という「建前」の裏側にある「本音」の部分だ。岸田が「被爆地・広島」という舞台で「核兵器のない世界」への結束を演出する一方で、「反撃能力の保有」のためにミサイルを買い、開発し、そのために増税することも、是非は別として彼なりの政治的リアリズムなのだろう。

「反撃能力」再考

 ここで話題を前回に引き続き、「反撃能力の保有」に戻そう。先に触れた「本音」は、「法理」の問題を超え、増税を伴う現実的な問題として国民の生活に降り掛かっている。その意味でも岸田が言う通り、まさに「戦後の安保政策の大転換」なのだ。
 野党は大攻勢を仕掛けるべきだったと思う。それは「何でも反対」という意味ではなく、岸田が強調していた「透明性を持って国民に説明する」ことを徹底させるという、野党の使命でもあったはずだ。しかし結果から言うと、「個別具体的な判断」「手の内」という二つの言葉で追及をかわされ、翻弄(ほんろう)されることとなった。
 「反撃能力」は、安全保障関連3文書の一つである「国家防衛戦略」において、次のように定義されている。
 「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として、相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」
 これを保有することで敵の攻撃を抑止し、攻撃されても、さらなる攻撃を防ぐことができるという。

明かされない具体例

 野党が最初に食い付いたのは「武力の行使の三要件に基づき」という点だ。この議論は、安倍晋三内閣における集団的自衛権の憲法解釈変更にさかのぼり、気を付けないと半ば神学論争になってしまうのだが、今通常国会の衆院予算委員会(1月30日)で野党質問のトップバッターに立った立憲民主党の幹事長・岡田克也は、まさにここから切り出した。
 「日米が共同ミサイル防衛をやっている、そのときに、米国の艦船に、ある国がミサイル攻撃を加えた、存立危機事態の要件に該当するということで、日本がそれに対して反撃をする、そのミサイル基地に。こういう場合を想定しておられると考えていいですか」
 「武力行使の三要件」とは、まず「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という「存立危機事態」に陥ったこと。さらに「他に適当な手段がない」こと。そして「必要最小限度」であることだ。
 日本が直接攻撃されていなくても、密接な関係にある米軍などが攻撃されれば、政府が「存立危機事態」と判断し、集団的自衛権を行使する可能性があるわけだ。従って「反撃」も、「武力の行使の三要件に基づき」行われるものであるならば、日本周辺で活動する米軍が攻撃されれば、日本が攻撃されていなくても、米軍を攻撃した基地などに「反撃」するのかという質問だ。

 これに対し岸田は「存立危機事態」の定義を改めて説明した上で、次のように答弁した。
 「(我が国と密接な関係にある)他国に対する武力攻撃が発生したからといって、無条件で認定されるものではありません。個別具体的な状況に即して(中略)総合的に考慮する」(傍線は筆者、以下同じ)
 岡田は「存立危機事態」の定義が曖昧だから、その判断や運用について「政府に大きな裁量権を与えられている」「政府が勝手に決められるに等しい」と批判した。その上で「一定の条件の下で反撃するというのは、それはあるかもしれ」ないので、どういう場合に反撃するのか、具体例を示してほしいと迫った。
 岸田の答弁は長かった。再び「存立危機事態」について説明し、閣議決定から国会承認までの手順を語った後、答弁を求められた「具体例」について次のように述べた。
 「手の内を明らかにするということになるわけですから、そうした細かい具体的な説明までは行うことを控えなければならない」
 岸田は、しばらく同趣旨の答弁を繰り返すことになる。

専守防衛との整合性

 岸田の説明は決して透明性が高いと評価できるものではなかったが、野党の追及も当初は散漫だった。
 まず野党各党が防衛力強化のための増税反対で足並みがそろっていたため、軸足が財源問題に偏りがちだった。また、立民内にも「反撃能力の保有」に賛成する議員が少なからず存在するため、徹底した批判や追及ができなかったのである。そんな野党側のお家事情もあり、思っていたほど激しい論戦にはならなかった印象だ。
 戦後一貫して「政策判断」として認めてこなかった「敵基地攻撃=反撃能力」を、なぜ認めることができるのか? 専守防衛や憲法9条との整合性はどうなるのか? 日米安保条約に基づき、米国が攻撃を担い、日本は防衛に徹するという「矛と盾」の関係はどうなるのか? こうした本質的な議論は、共産党の短い質問時間の中で多少、展開することになる(1月31日、衆院予算委)。
 まず専守防衛との整合性について、委員長の志位和夫は、反撃を認めてこなかった過去の政府見解を幾つか指摘した。例えば1972年10月31日の衆院本会議における首相・田中角栄の答弁。これは民社党委員長の春日一幸が、「戦略守勢」という考え方について追及したときのものだ。
 この考え方は、必要がある場合は戦略的に敵基地を攻撃することも認めるというもので、当時は「専守防衛」ではなく、「戦略守勢」を基本方針にすべきだとする意見もあった。これに対し、春日は「防衛の基本的立場を、戦略守勢の防御ではなく、厳に専守防衛に徹する」べきだとただしたのである。田中の答弁はこうだ。
 「専守防衛ないし専守防御というのは、防衛上の必要からも相手の基地を攻撃することなく、もっぱらわが国土及びその周辺において防御を行うということでございまして、これはわが国防衛の基本的な方針であり、この考え方を変えるということは全くありません」
 志位はこの田中の答弁などを持ち出し、「反撃」はこれまでの「専守防衛」の概念に反しているとただした。
 これに対する岸田の答弁。
 「(田中の答弁は)いわゆる海外派兵は一般的に憲法上許されない、こうしたことを述べたものであると認識をしております。(中略)反撃能力は、武力行使の三要件に基づき、そのような攻撃を防ぐためにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として行使するものであり、憲法、国際法、国内法の範囲内で行うものであり、専守防衛の考え方、これは堅持をいたします」

 志位は反論した。
 「相手の基地を攻撃することはないというのが専守防衛だと定義しているわけですよ。あなた方が今やろうとしているのは、敵基地攻撃能力の保有によって、保有するけれども専守防衛だと言い張っているわけです。これは明らかに矛盾する」 志位がいくら過去の政府答弁と整合性がないと追及しても、この議論は平行線をたどることとなる。確かに、これまでは日米安保条約があれば、敵基地攻撃の能力は必要なかった。戦後の世論も「反撃」を認めなかっただろう。そういう時代背景も考慮し、「政策判断」として保有してこなかった。
 しかし、それはあくまでも時の政権の「政策判断」であり、前回に検証した1956年の政府見解で、敵基地攻撃は「法理的には」認められている。岸田は今、安保環境は大きく変化し、「米軍の打撃力に完全に依存するのではなく、自ら守る努力が不可欠」(1月31日、衆院予算委)だと主張した。世論にも強い反対はない。これを受け、「法理的には」認められている「反撃能力」を、「政策判断」として保有することにしたというわけだ。

先制攻撃となる危険性

 ただ、問題となるのは「反撃」が先制攻撃になる可能性だ。政府は従来、日本に対する武力攻撃に着手した段階で反撃できると説明してきた。では「着手した段階」とは、いつか。防衛相の浜田靖一はこう述べている。
 「その時点の国際情勢、相手方の明示された意図、攻撃の手段、態様等によるものであり、個別具体的な状況に即して判断する」(2月6日、衆院予算委)
 着手したときを本当に見極めることができるのだろうか。敵のミサイルが日本に向かっているので反撃したら、日本の領土・領海の外に着弾する一方、日本のミサイルは敵国に着弾し、被害が出るというリスクもある。こうした事態に陥り、日本が先に撃った、撃たないという泥仕合になったら、国際社会から孤立する可能性がある。
 こうした追及に対し、岸田は「着手の時期」の判断が難しいことは認めている。
「先制攻撃とか着手の時期というのは国際法の議論の中でも学説が幾つかに分かれていますので、これを具体的にどう判断するか、各国においても様々な違いがある。こういった現実があって、難しいものであるということは御指摘のとおりであります」(2月15日、衆院予算委)
 国家防衛戦略には、①反撃能力を保有することで「武力攻撃そのものを抑止する」②万一、相手がミサイルを発射しても「更なる武力攻撃を防ぎ、国民の命と平和な暮らしを守っていく」──とある。
 しかし、相手の武力攻撃の「着手の時期」を判断することが難しければ、「反撃」を躊躇(ちゅうちょ)することになるだろう。果たして、これで「反撃能力の保有」は、「抑止力」になるのだろうか。次回も引き続き、岸田の説明を検証する。(敬称略)

【時事通信社「地方行政」2023年7月10日号より】

◇  ◇  ◇

 菊池正史(きくち・まさし 報道局次長。1968年生まれ。93年慶応大大学院修了、日本テレビ入社。政治部に配属され、旧社会党や自民党などを担当し、2005年首相官邸クラブキャップ、16年政治部デスク。20年10月経済部長に転じ、22年6月政治部長。23年6月から現職。著書に「安倍晋三『保守』の正体」(文芸春秋)、「『影の総理』と呼ばれた男」(講談社)など。

「戦後保守政治の裏側」シリーズはこちら

(2023年7月24日掲載)

戦後保守政治の裏側 バックナンバー

話題のニュース

会員限定



ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ