国家存続を賭けて、予算半減という不可能なミッションに挑んだ「オペレーションZ」。あの挫折から5年、新たな闘いが今、始まる。防衛予算倍増と財政再建――不可避かつ矛盾する2つが両立する道はあるのか? 目前の危機に立ち向かう者たちを描くリアルタイム社会派小説!
【前回まで】官邸に呼び出された周防たちは、「フラフラ殿下」こと大迫総理の面前で、舩井防衛相から防衛費増額を認めるよう迫られる。財務相は抵抗を見せるが、総理は防衛相に与した。
真山仁『オペレーションF[フォース]』バックナンバー(※第3回までは会員登録不要)
Episode2 傘屋の小僧
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2022年8月7日――。
日本人は8月になると戦争を思い出す。77年前のこの月、原爆が投下され、15日に終戦を迎えるという、この悲劇の歴史があるからだ。テレビでは、戦争関連の特番やドラマが流れ、新聞や雑誌も、戦争特集を組む。
今年も例年通り、戦争の記憶があちこちで叫ばれているが、周防は、いつもと違う感覚で戦争を意識していた。
今そこにある危機として、日々向き合っているからだ。
戦争なんて起きるわけがない。
多くの日本人はそう思っている。だが周防はその確信が揺らいでいる。
昨夜、原爆特集のテレビ番組を見た時も、平常心でいられなかった。
“それまでの戦争とは、軍人同士の戦いであり、そこには一定のルールがあった。それが、第二次世界大戦によって完全に破られた”というナレーションの言葉は、周防に重くのしかかってきた。
その「皆殺しのルール」の象徴こそが、原爆投下だったのではないかと、コメンテーターが語っていた。
周防もその通りだと思う。
現在、核兵器は戦争を起こさないための「抑止力」として存在している。
だが、その「抑止力としての核兵器」を公に有しているのは、日本とドイツを除く先進国に、ほぼ限定されている。
台湾有事が取り沙汰されるようになった今年2月、故梶野元総理は、「日本も核武装を考える時がきた」と発言して、物議を醸した。
それを聞いた時は、周防は怒りを覚えた。
しかし、今は「バカ」と吐き捨てることが出来なくなっている。
「こんな備えで、日本を守れるのか」という声が、日増しに強くなっている。
そんな中でも「雑音に耳を貸さない」という松平の姿勢は揺るがず、毎週行われている防衛省との折衝でも、今なお徹底抗戦を指示していた。
とはいえ、ミサイル防衛については、防衛省側も一歩も引かなかった。防衛三文書の最上位に当たる「国家安全保障戦略」の内容が、台湾有事対策と日本の自主防衛が中心となるからだ。そのため財務省側は譲歩を余儀なくされつつあった。
この日も、官邸から戻ってきた松平と本岡を交えて、「国家安全保障戦略」に対応した予算増について検討していた。
「ここまで来ると、全面的に抗うのは筋が違う。これからは、有意義な増額について検討したい」
いかにも松平らしい切り替えだなと周防が思った時、突然、不快なアラート音が鳴り響いた。
ただちに本岡がスマホで情報を確認した。
「Jアラートが発令されたようです。
本日14:20[ひとよん・ふたまる]頃、北朝鮮平壌近郊の順安[スナン]付近から日本海に向けて大陸間弾道ミサイル[ICBM]1発が発射。約6分後、新潟沖EEZ内に落下の可能性!」
北朝鮮が、日本に向けてミサイルを打ち上げても、全国瞬時警報システム[Jアラート]が発令されるのは、珍しい。
「それって、イージス艦が対応するってことか」
周防が尋ねた時、本岡が「マジか」と叫んだ。
「今、情報が修正されました。ミサイルは、新潟県新発田市沿岸に着弾する可能性が濃厚、だそうです」
松平がテレビをつけると、ニュース速報が流れた。
「本岡、これは、どうなるんだ!?」
「自衛隊法82条の3の手続きを踏んで、総理の破壊措置命令が発令され、イージス艦が、対空ミサイルを発射します」
まさか、戦争になるのか?
周防は激しく動揺した。
「艦対空ミサイル迎撃失敗。18秒後、新潟県新発田市沿岸に弾着の可能性――これはマズイな」
本岡の声が響くと、狼狽の波紋が広がった。
テレビの速報では、「イージス艦『みょうこう』が迎撃ミサイルを発射した模様」と伝えているが、現実にはとんでもない危機が目前に迫っていた。
周防は思わず、カウントダウンを口にしていた。
5、4、3……。
「弾着前に、ミサイルは爆発したそうです」
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Jアラート発令から30分後の官房長官会見に、草刈は出席した。
「事件」対応の所管は防衛省だが、問題が深刻なため、官房長官による会見が行われると知って、急遽、官邸を目指し、何とか間に合った。
父が元総理という政治家一族に生まれた三好寛治[みよしかんじ]官房長官は、イケメン議員として党内一の人気者だ。
いつもはウィットに富んだジョークを飛ばす三好だったが、この日は表情が硬かった。
「本日午後2時20分ごろ、北朝鮮平壌近郊の順安[スナン]付近から日本海に向けて大陸間弾道ミサイル[ICBM]1発が発射され、約6分後、新潟県新発田市沿岸に弾着する直前に、爆発しました。爆発の原因については、現在調査中です。以上です」
あまりにも呆気ない発表に、草刈は唖然とした。
とうてい納得できない記者が次々と質問を飛ばした。
「イージス艦『みょうこう』から艦対空ミサイルが発射されていますが、それによる迎撃ではないんですか」
「調査中です」
それは、外れたと言っているようなもんじゃないか。
「Jアラート発令直後から、ミサイルの対応が、防衛省内の記者室に実況されていました。そこで、対空ミサイルは外れたと、はっきり言っていますが」
うそ!?
草刈は、そんな基本データも拾えていなかった。
「その情報は私の手元に届いておりません。だから、調査中です」
「現場の被害は?」
「新潟県警が調査中です。爆発は海上で起きた模様ですので、沿岸での大きな被害はなかったようですが、爆発したミサイルの破片等が落下しているおそれがあります」
「発射されたのは、ICBMだったようですが、核弾頭は搭載されていたのでしょうか」
「それも調査中です。ただし核兵器による被害が出たという報告はありません」
「これは、北朝鮮からの宣戦布告でしょうか」
一部の記者から笑い声があがった。保守系新聞記者が、あまりにも「らしい」質問をしたからだろうか。
だが、草刈は笑えなかった。
日本の本土にミサイルを撃ち込んだのだ。「宣戦布告」と捉えるのが、当然じゃないのか。
「北朝鮮が日本と戦争をするつもりだとは、今のところ考えていません。既に、外交ルートを通じて、北朝鮮に対して事実確認をしていますし、厳重な抗議も行います。しかし、日本はどことも戦争をしません」
「官房長官、日本に戦争する気がなくても、北朝鮮がその気なら、戦争は起きますよ。ちょっと、緩すぎませんか」
「今、意見交換をするつもりはありません。政府見解は、日本は先のミサイル攻撃を宣戦布告だとは思っていない。それに尽きます」
そこで、三好が強引に記者会見を打ち切った。
会見場は騒然となり、大半の記者は、慌ただしくプレスルームを出て行った。 (続く)
執筆者プロフィール
真山仁
[まやま・じん] 1962(昭和37)年、大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004(平成16)年に企業買収の壮絶な舞台裏を描いた『ハゲタカ』で衝撃的なデビューを飾る。同作をはじめとした「ハゲタカ」シリーズはテレビドラマとしてたびたび映像化され、大きな話題を呼んだ。他の作品に『プライド』『黙示』『オペレーションZ』『それでも、陽は昇る』『プリンス』『タイムズ 「未来の分岐点」をどう生きるか』『レインメーカー』『墜落』『タングル 』など多数。
(2023年6月8日掲載)