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遠くの親戚より近くの他人?顔の見える関係、マンションでも【時事ドットコム取材班】

2023年02月26日08時30分

 時事通信に入社して10年目のわたしは宮城県出身で、仙台市内の実家は約30戸が入居する分譲型マンションだ。多くの住民は互いに名前と顔を把握していて、一緒に花見をしたり、東北の秋の風物詩「芋煮会」を楽しんだり。2023年3月11日で東日本大震災から12年。実父が関係する話で恐縮だが、そんな近所付き合いが「いざ」というときに役立った話を紹介したい。(時事ドットコム編集部 川村碧)

 【時事コム取材班】

気心知れた仲

 実家マンションは1998年に完成した。幼少期の記憶はないが、父によると、当初、住民同士が集まるような催しはなかった。2003年、居住者全員が加入する自主防災組織が発足してから関係が変わっていったという。

 その防災組織の設立を提案したのは、当時、管理組合理事長で、1960年に太平洋沿岸を襲ったチリ津波地震を経験していた父だ。「近いうちに起きると言われていた宮城県沖地震への危機感が強かった」という。「必ずまた災害は起きる。住民同士のコミュニティーがないと防災対応ができない」。同じような不安を抱えた住民はほかにもおり、年会費4000円を集め、地域の特性を学ぶ講演会や定期的な防災訓練を始めたことを明かした。

花見と芋煮会

 その後、住民が交代で役員を務めてきた自主防災組織では、春の花見と秋の芋煮会を大事にしてきた。マンション目の前の河原で自分たちが作った料理を食べ、わいわいと酒を飲む。料理好きな住民が自慢の腕を振るい、豪華なアウトドア料理が登場するこの行事は大人気で、わたしも小さいころから、よく参加していた。

 
花見と芋煮会、いずれも防災とは無関係に思えるが、実は、料理に使う大鍋やかまどはマンションの災害用備品。いざというときにすぐ使いこなせるようになるための「炊き出し訓練」になっていたことは、後で分かった。

 
自主防災組織では「被災して3日間は自分たちで食事をコントロールしなければならない」と、燃料や水も倉庫に保管していた。こうした準備や「訓練」が生かされたのは、わたしが東京に出てから。2011年3月11日、東日本大震災だ。

「これが本番だね」

 震災では、実家マンションも激しい揺れに襲われ、壁やドアが損傷、電気やガスが止まった。なかなか電話がつながらずやきもきしたが、家族を含む住民のほとんどはその日、近くの避難所などで一夜を明かしていた。大きなけがなどはなく、翌日、「これが本番だね」と言い合いながら、マンション1階で炊き出しを始めたことは、後日聞いた。皆で持ち寄った食材を使い、約2週間、朝晩におにぎりや汁物を配ったそうだ。

 「煮炊きの準備をする人、床に段ボールを敷く人、河原から燃料の木切れを拾ってくる人。何も指示がなくてもあうんの呼吸で自分のやることをしていた」。今もマンションに住む50代女性が教えてくれた。食事時には玄関ホールにみんなで集まり、誰かが入ってくれば「おかえりなさい」の声が掛かる。女性は「お花見とか、最初は面倒かなと思っていたけれど、だんだん楽しみになってきて、震災の時もみんなで励まし合えた」と振り返った。

広がる動き

 マンションの住民交流を深めようという動きは震災を機に徐々に広がってきているようだ。仙台市内のベッドタウンエリアに位置し、87世帯約200人が暮らすマンション。自治会長の佐竹洋一さん(55)によると、居住者はかつて、地域の町内会に入っていたが、震災を経て「マンション内で助け合おう」という意識が強まり、居住者だけでつくる自治会が立ち上がったという。

 倉庫にはコンロや非常食、非常用トイレ、給水袋などの防災用品を用意。定期的に訓練を実施し、いざというときには在宅の住民が初動対応できるようにしている。

 住民の交流活動も盛んで、新型コロナウイルスの流行前は年に2回、エントランスで「お茶飲み会」が開催され、花植えやクリスマスのツリー飾り付けなど、顔を合わせる機会も多く設けられた。5年前に引っ越してきた独り暮らしの70代女性は「独りでぽつんといるのは寂しいでしょ。途中で入ってきても誰かと知り合える機会があるのは心強い」と笑顔を見せる。

 87世帯のうち約15%は賃貸組。「あまり交わりたくない」という住民もいるそうだが、佐竹さんは「花植えやツリーの飾り付けであれば子連れで参加してくれることもある。顔見知りになるだけで防災力強化や犯罪の抑止にはつながる」と話す。自身もマンションを購入した約27年前は「交流は面倒だし、隣が誰でもいい」と思っていたそうだ。実際に暮らし始め、「戸建てより密な関係かもしれない」と思うようになったという。

はじめの一歩、どこから

 災害は地震だけではない。19年の台風で神奈川県のタワーマンションが浸水被害に遭い、停電と断水に見舞われたことは記憶に新しい。都心のマンションの防災対策はどうなっているのだろう。住民の約8割がマンション住まいという千代田区で居住者支援をしている同区の外郭団体「まちみらい千代田」を取材した。

 団体は防災対策に取り組む管理組合向けに、年間10件ほど防災アドバイザーを派遣しているという。

 アドバイザーの一人で、マンション管理士の川原伸朗さん(62)によると、派遣先は、東日本大震災などで危機感を持ち、防災計画をつくろうと動きだした分譲型の管理組合が多い。だが、「組合役員の交代で取り組みが続かなくなるケースも少なくない」と語る。

 入居者の入れ替わりが激しい賃貸型はどうだろう。川原さんは「横のつながりを求めない住民も多く、難しい問題なんですよね」と語り、「防災対策に不安があれば、管理会社に問い合わせてみることが第一歩」とアドバイス。「もし何かをやりたいという気持ちがあるならば、各戸にチラシを配ってイベントを通じて仲間を集めるというやり方もあるのでは」と提案した。

遠くの親戚より…

 一口にマンションといっても、各住戸ごとに所有者がいる分譲型や、オーナーが賃貸運用している賃貸型がある。分譲型では所有者が管理組合を組織し、賃貸型はオーナーが管理会社に管理を任せることが多い。分譲型でも一部が賃貸されるなど、所有者と居住者が必ずしも一致しないケースがある。「防災は実際に住んでいる人がやらないと意味がない」ということで、管理組合とは別に防災組織や自治会を立ち上げる方法が取られるそうだ。

 わたしが住むマンションに、防災組織や自治会はなかった。だが、災害はいつ起こるか分からない。ひとたび起きれば、ことわざにある通り、頼りになるのは「遠くの親戚より近くの他人」なのかもしれない。取材を終え、そんなことを考えた。

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