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北朝鮮がプーチン大統領を「同志」と呼んだ意味【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2023年09月04日

 社会主義体制下で相手を呼ぶとき、「同志」を用いることはよく知られている。ソ連の「スターリン同志」「ブレジネフ同志」などといった具合である。ロシア語では「タバーリシチ(това́рищ)」と言う。日本語の語感ほど堅苦しいものではなく、仲間や友人といった意味であり、政治的な意味を込めなければ「~さん」と訳すこともできる。

北朝鮮は常に「二兎」を追ってきた【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

  1980年代に出版されたNHK中国語会話のテキストを見てみると、男女問わず誰かに呼びかける際、「すみません」と言う代わりに「同志(tóngzhì)!」が紹介されている。近年ではさすがに日常生活で使われる語彙(ごい)からは消えたが、公には今でも「習近平同志」「李強同志」などと表記される。

 日本共産党の会議でも役員など個人に対しては職名を付すか「さん」付けで呼んでいるが、全体に向けては「同志の皆さん!」「88人の同志が・・・」といった言い回しが常用されている。

 北朝鮮には2つの「同志」がある。「同志(トンジ)」と「同務(トンム)」である。幹部や目上に対しては「同志」だが、対等な関係か格下の相手に対して日常的に用いられるのは「同務」なのである。例えば運転手に「運転手同務」と話しかける場合は「運転手さん」といったほどの意味になる。

 北朝鮮メディアは、国外の人士に対しても「同志」呼称の対象を厳密に区別してきた。社会主義国家である中国、ベトナム、ラオス、キューバのトップに対しては「同志」だが、それ以外の国の首脳に対しては職名や「閣下」などを用いてきた。

 ところが、この夏に例外的な現象が見られた。7月27日の朝鮮戦争休戦(「祖国解放戦争勝利」)70周年を祝賀する行事に参加するため訪朝したロシアのセルゲイ・ショイグ国防相と、金正恩国務委員長に書簡を寄せたウラジミール・プーチン大統領に対して「同志」が冠されたのである。金正恩時代に入り、ロシアの首脳に対して公に「同志」と呼んだ初のケースであり、それは北朝鮮のロシアに対する擦り寄りを象徴するものとなった。「新冷戦」「米帝」といった用語を多用する金正恩政権が、ウクライナ侵攻で国際社会から孤立するロシアを自らの側へ引き寄せようとする意図がうかがえる。

 8月15日の終戦(「祖国解放」)記念日に際しては、北朝鮮とロシアの首脳による祝電交換が毎年恒例になっているが、そこでも金正恩氏は、従来の「プーチン閣下」ではなく「プーチン同志」と呼んだ。プーチン大統領が「金正恩同志宛」ではなく「金正恩閣下宛」の祝電を送ったことを考えると、北朝鮮の片思いのようにも映る。

 これとは逆のケースがシリアである。依然として韓国と国交を持たないなど、北朝鮮と高い水準で友好関係を保っているシリアであるが、同国のバッシャール・アル・アサド大統領は「金正恩同志」と呼ぶ一方、金正恩氏はアサド氏を「閣下」と呼んできた。それが含意するものは何なのか。呼び方ひとつであっても、研究者にとっては興味が尽きないのである。

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【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2023年9月4日掲載)

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