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「土下座」を要求する韓国人にどう向き合えばいいのか【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2023年04月02日

「土下座」を強要された経験がおありだろうか。

 昨年9月のことだ。韓国ソウル・金浦(キンポ)空港に降り立った私は、70代の重鎮研究者2人とともに市内に向かうべくタクシーを探した。空港ビルを出てすぐのスタンドには、すでに数人の列ができていた。韓国ではコロナ禍により乗客が激減したタクシー運転手がこぞって食事の出前業に転職してしまったため、ソウルを訪れる外国人の数が急回復しつつある昨今は、慢性的なタクシー不足に陥っているようだった。

 同行した研究者のうち、おひとりは足が不自由であった。乗り場に到着した1台のタクシーの運転手さんが、車椅子に座った先生の姿を見つけて運転席から声を掛けてきた。
「足がお悪いのだから、どうぞ私のタクシーに乗ってください。」
 大変ありがたい申し出であった。2人の先生が車に乗ってスーツケースを積み終えると、私の乗車スペースはなく、自らは公共交通機関で市内へ移動することにした。

 地下鉄駅に向かおうとしたところ、私たちの前に並んでいた中年の韓国人男性が叫ぶような声で話しかけてきた。
「この日本人が、順番を抜かしやがって!」
 あまりの剣幕(けんまく)に驚いてしまったが、タクシー運転手さんのほうから親切な申し出があったことなど事情を説明しつつ、先に乗ってしまったことを詫びた。すると男性は人さし指を地面に向け、「土下座しろ」という。タクシー待ちでイライラするなか外国人に先を越されて腹立たしい気持ちはよく分かる。しかし、率直に謝罪している相手に土下座を要求するのは、いくらなんでも行き過ぎではないか。

 再び、申し訳ない気持ちを丁重に述べたものの、男性は「土下座」にこだわり、怒りは全く収まらない。周りの人たちはこちらを見ては見ぬふりをしている。第三者ならば余計なことには関わりたくないもの。結局、近くにいた空港職員がその場をとりなしてくれ、なんとか地下鉄駅に向かうことができた。

 間に入ってくれた職員に感謝する一方で、私は心底ガッカリした。韓国語で必死に説明しながら申し訳ないと頭を下げる外国人に対して、差別感情をむき出しに土下座を要求する男性。私はどう対処すればよかったのだろう。20年以上前にソウルに留学し、人生を賭けて朝鮮半島研究に従事してきたことが虚(むな)しくなり、どうにもやるせない気持ちになった。

 研究対象を好きになったり嫌いになったりしてはいけないはずだが、堪(こら)え性がないのか、その時は自分の感情をコントロールすることができなかった。たとえ大多数の韓国人が親切な人たちだったとしても、こうした体験をすると、もう二度とこの国とは関わりたくない、とすら考えてしまう。

 先日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が来日し、岸田文雄首相とすき焼きとオムライスのはしごをするなど、日韓関係の好転ムードが演出された。しかし、よくよく考えれば、徴用工問題をめぐって相手が一方的に破った約束を元に戻そうとしただけで、歴史問題、領土問題、さまざまな懸案が棚上げのままである。韓国は本当に信頼に足るパートナーになりうるのか、長期的視野に立ってじっくりと考えるべきではないだろうか。一時のムードに流されすぎると、後の反動は大きくなりがちだ。隣国との間で必要なのは適度な距離感である。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2022年4月2日掲載)

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