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ベトナム・ハノイで考えた「脅威」の正体【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2023年04月09日

 3月のハノイは雨もなく涼しい。過ごしやすいはずなのだが、深刻な大気汚染の影響で毎日が曇り空だった。研究仲間との意見交換会に参加するため久しぶりにベトナムを訪れた。

 2回目の米朝首脳会談がハノイで開催されたことからも分かるように、ベトナムにとっては米朝いずれともそれなりの関係を築いている。1970年代まで戦火を交えたにもかかわらず米国に対しては相対的にアレルギーが少ない。1400キロメートルもの国境を接する中国大陸のほうが直接的な「脅威」になっているからだ。

【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】前回は⇒「土下座」を要求する韓国人にどう向き合えばいいのか

 社会主義の友邦である北朝鮮の大使館は、ハノイ中心部の「レーニン公園」からすぐ近くの場所に鎮座しており、活発な貿易や人的往来はないものの朝越が友好関係にあることに変わりない。

 一方、日本が保つ米朝との距離感はどうだろうか。米国は世界⼀の核⼤国で、韓国ですらミサイル発射実験を行っているにもかかわらず、わが国は両国を「脅威」と捉えることはない。米国とは同盟国であり、韓国とは多様な懸案を抱えているとはいえ米国を介した疑似同盟国と考えられているから当然である。

 しかし北朝鮮とは、国連加盟国で唯一国交を持たないままである。ベトナム人研究者からすれば、日本も北朝鮮と外交関係を樹立して、そのうえで主張をぶつけ合えばよいのではないかと映るらしい。意見対立があろうとも外交的な窓口があれば「脅威」の度合いは下がるという単純な考え方であり、他国の研究者もよくこのように述べていた。

 ⽇越両国は、中国の脅威について一定程度のコンセンサスを形成できるものの、北朝鮮情勢については全く異なる見方をしていることになる。わが国政府は、拉致・核・ミサイルの3点セットで北朝鮮の「脅威」を世界に訴えてきたが、北朝鮮と断交してまで日本と歩調を合わせようとする国はない。英国やドイツ、スウェーデンも平壌に大使館を置いている。

 今回、複数のベトナム人研究者と意見を交わして明確に分かったのは、北朝鮮に対しては躊躇(ためら)いなく自らの見解を発信できるということだ。中国の朝鮮半島研究者が平壌を語る際に口を濁すのとは対照的である。依然として同盟関係にある北朝鮮について現状分析的な発言はまだまだ難しい。韓国に機密を漏えいしたとして中国社会科学院の重鎮研究者はおろか、中国共産党対外連絡部の職員も厳罰を受けてきたことから、研究者としては慎重にならざるを得ないだろう。

 しかし、ベトナム社会科学院が発行する学術雑誌には北朝鮮情勢に関する率直な記事が次々と掲載される。ベトナム人研究者がテレビ出演する際には、中国に対しての発言は事前にチェックを受けざるを得ないものの、北朝鮮問題についての発信は完全に自由だと耳にした。ベトナムも一党独裁国家であるが、中朝両国をめぐっては戦略的な協力関係をさらに深めるべき対象である。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2023年4月9日掲載)

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