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ミサイル実験場と化した平壌「空の玄関口」【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】

2023年03月27日

 3月13日から米韓合同軍事演習「フリーダム・シールド(自由の盾)」が実施された。曲がりなりにも北朝鮮と対話が成り立った韓国・文在寅(ムン・ジェイン)政権下では中止措置が取られたため、春季定例演習としては5年ぶりの大規模訓練となった。いまや世界10位の軍事大国にのしあがった韓国が、核大国の米国と協力を深めるとなれば、矛のみで盾を持たない北朝鮮としては身構えるほかなく、金与正(キム・ヨジョン)党副部長の談話をはじめ、何度も強いトーンで批判し、対抗措置を取ると警告した。

【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】前回は⇒金正恩氏が連れ歩く「お嬢さま」を巡る、いくつかの疑問点

 もちろん言葉だけではなく、同16日にはICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星砲17型」を発射している。北朝鮮をけん制すべく米韓が軍事的協力を深化すればするほど、結局は北朝鮮の反発を招いてしまうという、典型的な「安全保障のジレンマ」である。ICBMも既に十回以上発射されていることから、量産体制に入ったと言える。

 今回のICBM発射は、ちょうど尹錫悦(ユン・ソンニョル)韓国大統領が訪日したタイミングであったことから、一見してそれを意識した示威行動と捉えられがちだが、発射されたのは日本列島を狙う短距離、中距離ではなく、長距離ミサイルだったことから、北朝鮮が気にしているのは日韓関係の改善ではなく、やはり米韓合同軍事演習だと言える。

 韓国大統領の訪日は、2019年6月に文在寅大統領が来て以来4年ぶりであったが、その時は大阪で開催されたG20サミット(20カ国・地域首脳会議)への出席が目的だったため、2011年12月の李明博(イ・ミョンバク)大統領以来11年ぶりと数えることもできる。そうなるとつい日韓関係を意識して北朝鮮がミサイルを、と考えたくもなるのだろうが、それは自意識過剰というものだ。

  ところで、今回のミサイル発射で使われた施設は、首都平壌にある順安(スナン)国際空港である。本来は旅客用の「空の玄関口」だが、中国との友好関係すら毀損(きそん)しながら核・ミサイル開発にまい進していた2017年からミサイル発射実験場として活用されるようになった。最初に空港からの発射が明らかになったときは驚きをもって受けとめられたが、米国の研究機関によれば、2016年ごろから施設の整備が進められてきたという。多忙な金正恩国務委員長が自ら発射実験を視察するに便利な場所として選定されたというのが、最も合理的な理由だと思われる。

新ターミナル完成で消えた肖像画

 平壌中心部から北方向に24キロメートル、車で30分ほどの場所に順安国際空港はある。朝鮮語でも「空港(コンハン)」「飛行場(ピヘンジャン)」と双方の言い方があるのはさておき、小泉純一郎総理のほか、金大中(キム・デジュン)、文在寅といった歴代の韓国大統領や外国要人が訪朝した際にもここが利用されてきた。北朝鮮唯一の国際空港であるから当然である。平壌と北京、瀋陽、ウラジオストクの3カ所を結ぶのが主力路線であるが、過去にはマカオ経由クアラルンプール行、冷戦期にはモスクワ経由ソフィア行などの定期便も就航していた。

 金正恩氏は最高指導者になるや順安空港を現地指導して、2015年6月には新ターミナルが「先軍時代の記念碑的建築物」として完工された。当時、「社会主義制度の誇らしい面貌(めんぼう)、文明国の尺度を直感的に見せる」ものだと大きく報じられたことは、みすぼらしさを嫌う同氏の一面を見せたと言えるし、旧ターミナルに掲げられていた金日成主席の肖像画が撤去されたことは、実用的な一面が垣間見られるものでもあった。

 コロナ禍で国際線が停止されている間、順安空港はミサイル発射基地としての機能を強くしたが、間もなく国境開放の兆しがある。北朝鮮メディアは一切その事実に触れていないものの、平壌を中心に新型コロナウイルスのワクチン接種が進んでいるとの高確度の諜報(ちょうほう)があるからだ。

 党機関紙『労働新聞』は全世界の感染者数を毎日掲載してきた。とりわけ国際情報については正確に伝えることが少ないと考えられがちな北朝鮮メディアだが、こと感染症については、自国民に警戒感を持たせるためもあってか一貫してWHO(世界保健機関)の発表を重視して公表に努めてきたと言える。

 このことからすれば、今後のWHO見解や中国の動向を勘案して、中朝間の物的・人的往来を本格的に再開させることは間違いない。2021年3月に最高人民会議常任委員会が「輸入物資消毒法」なる法令を採択して国境開放に備えてから早や2年、ここにきてようやく全面的開放の可能性が見えてきたと言ってよい。

 コロナ禍以前の2018年、19年には中国から年間20万人もの観光客が北朝鮮を訪れていた。陸路を利用した日帰りないし1、2泊の短期観光が主流であったが、国際便復活によってビジネス客も観光客も順安空港を利用する日は近いと見られる。インバウンドは、国連安保理の制裁決議にも違反しない、いわば合法的な外貨獲得手段である。金正恩氏が何度も足を運んで建設された陽徳(ヤンドク)温泉は、2019年12月に鳴り物入りでオープンした直後に世界中がコロナ禍に陥り、敷地内に設置された英語・中国語の標識は役立たずのまま時が過ぎた。北朝鮮随一の温泉に出向く外国人の眼に、順安空港はどのように映るだろうか。

【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。

(2023年3月27日掲載)

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