分析難しくなった元日の発表内容
北朝鮮研究者・ウオッチャーにとって毎年元日は朝から分析に追われるのが常だ。新年を展望するための素材が発表されるからだ。発表のスタイルにはその時々の権力者の個性が反映される。初代の金日成氏は、歴代のソ連指導者と同様に「新年の辞」を恒例としたが、肉声の公表を好まなかった2代目の金正日氏は、この「新年の辞」を踏襲せず、朝鮮労働党中央委員会機関紙『労働新聞』を中心とした「新年共同社説」を通じて施政方針を明らかにしたのだった。
【礒﨑敦仁のコリア・ウオッチング】前回は⇒日本で成功をつかんだ韓国人演歌歌手たち
現在の金正恩氏は、2013年に祖父と同じ「新年の辞」をいったん復活させたが、近年は独自色を出し始めた。2020年元日、「新年の辞」を発表しない代わりに、前日までに開催した党中央委員会全員会議(総会)の様子を詳報したのである。また、2021年元日の『労働新聞』は、全人民に向けた手書きの年賀状「親筆書簡」が大きく掲載された。
昨年から全員会議の内容を報じるスタイルに戻り、今年は過去最長6日間の会期となった会議について報じられた。ただし、全員一致で可決したとされる「決定書」の内容は公開されず、報道は曖昧な表現にとどまった。「新年の辞」とは異なり、分野網羅的に言及があるわけでなく、公表も部分的なものであるため以前よりも分析は難しくなった。キーワードの出現回数などで経年変化を見ることができないのは痛い。それでも、今回の会議から何が読み取れるのかを確認しておきたい。
防御ではない、核武力の「第2の使命」
最も注目されたのは、金正恩氏の報告において、核武力強化の重要性を強調する中で「われわれ(北朝鮮)の核武力は戦争抑止と平和安定守護を第1の任務とみなす」としつつ、「抑止失敗時は第2の使命も決行することになる」「第2の使命は明らかに防御ではない他のものだ」とされた点であろう。抑止力がうまく機能しない場合には核兵器の使用もためらわない姿勢を示し、米韓をけん制したものとみられる。
報告ではまた、「もう一つの大陸間弾道ミサイルシステムを開発することについての課題が提示された」として、固体燃料式のICBMの開発意思も再確認された。固体燃料式は、液体燃料式に比べ発射準備の時間が短縮され「奇襲」の能力が高まるとされる。
米国ではなく韓国に対して敵がい心をむき出しにしたのも特筆すべき点である。「南朝鮮の傀儡(かいらい)どもが疑う余地なくわれわれの明白な敵として詰め寄った現在の状況は、戦術核兵器多量生産の重要性と必要性を浮き彫りにし、国の核爆弾保有量を幾何級数的に増やすことを要求している」というくだりだ。
先制攻撃すら否定しない尹錫悦政権を脅威と感じていることが背景にある。いまや世界10位の経済大国にのぼりつめたばかりか、国防支出もトップ10にランキングされた韓国を侮るわけにはいかないのだ。国際関係の構図が「新冷戦」であるとして、日米韓を非難する文脈では「アジア版NATO」という新語も飛び出した。
軍事偵察衛星も「最短期間で」打ち上げることを予告したが、これらの方針はいずれも一昨年開催された第8回党大会で採択された「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画」で言及されたものであり、それを再確認したということだ。
12月下旬には朝鮮少年団の子供たちにむけて、「同志たちが一時も忘れてはならないのは、今日も米国の奴らとその手先どもが同志たちの家庭を踏みつぶして希望を奪おうと虎視眈々(たんたん)と機会を狙っているということ」と呼びかける金正恩氏の書簡が発表された。大みそかに3発、元日に1発、「超大型放射砲」も発射されており、当面の間は米韓との対話を考えず、軍事力強化にまい進する意思が強固なものであることが示された。
突如解任された軍幹部
軍事・治安部門を中心に大幅人事も断行された。昨年4月に党中央軍事委員会副委員長に就任したばかりの朴正天(パク・ジョンチョン)氏は突如解任された。朝鮮中央テレビは彼の沈鬱(ちんうつ)な表情を映し出しており、問責性のものとみられる。朝鮮人民軍総参謀長、国防相、社会安全(警察)相も交代した。
金正恩氏は毎年元日に、祖父と父親の遺体が安置されている錦繍山(クムスサン)太陽宮殿に主要幹部を引き連れて参拝することを恒例としているが、今年の随行メンバーに軍服姿の幹部は目立たなかった。軍事と軍幹部人事は重視しているものの、党が軍を支配するというスタイルは維持し、経済を無視することはできないということだ。
金正恩氏は「人民生活の向上」「人民生活の改善」も訴えているが、気になったのは、「2022年はけっして無意味でない時間だった」とわざわざ述べた点だ。昨年が「無意味」だったと捉える風潮があることを示唆しているのではないか。
経済面でも「5カ年計画完遂の決定的保証を構築する」とされたが、今年の目標がどこにあるのか具体的な表現には乏しかった。昨年強調された農業部門に対しては一切言及がない。経済難から脱したい思いは強いものの、良い処方箋は見つからないということだ。
具体的な数値目標が明示されたのは「人民が最も喜ぶ事業」「第一次的な重要政策課題」だという住宅建設であった。平壌市内でもともと予定されていた1万世帯に加え、新たに3700世帯の住宅建設を進めるという。なかなか地味で現実的な数値とはいえるが、北朝鮮の人口は2600万、平壌だけでも200万人以上である。
今回の会議で化学工業相や軽工業相も交代したが、このような閣僚ポストが党の会議で任命されるようになったのは近年の変化である。北朝鮮憲法第37条は「内閣の組織」の権限は「(国会にあたる)最高人民会議にだけ属する」と規定しているため、従来は最高人民会議で閣僚人事が行われてきたのだが、いまでは国防相も外相も党の会議で任命される。党と国家の一体化を象徴するものだ。
【筆者紹介】
礒﨑 敦仁(いそざき・あつひと)
慶應義塾大学教授(北朝鮮政治)
1975年生まれ。慶應義塾大学商学部中退。韓国・ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員(北朝鮮担当)、外務省第三国際情報官室専門分析員、警察大学校専門講師、米国・ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。著書に「北朝鮮と観光」、共著に「新版北朝鮮入門」など。
(2023年1月15日掲載)
過去記事
■核と経済と腐敗 金正恩氏は演説で何を語ったか
■初めて姿を現した金正恩氏の「後継者」?
■北朝鮮の大規模人事、何が重要か
連載TOP