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LGBTQ+、安心して買い物を 小売業、広がるサービス、視覚・聴覚障害者にも

2023年06月09日16時00分

 「彼女さんへのプレゼントですか」。女性用化粧品売り場に来た男性客。店員が声を掛けたその人が、心は女性のトランスジェンダーだったり、男性に恋心を抱くゲイだったりしたら?

 ドラッグストア最大手、ウエルシアホールディングスは、何気ない一言でLGBTQ+(プラス)ら性的少数者を傷付けることがないよう、従業員の研修を進めている。また、「無印良品」を展開する良品計画は、視覚障害者が1人でも買い物ができるよう、新サービスの実証実験を始めた。「買い物」という何気ない生活シーンを誰もが安心して楽しめるよう、小売業界では多数派ではない人たちを意識した対応が広がっている。(時事通信経済部 藤田綾)

機能別の商品棚

 東京・新宿にある「ウエルシア O-GUARD新宿店」。整髪料やひげそりなどと合わせ、ここ数年で急激に種類が増えている男性用の化粧水やメーク用品などの商品を1階から2階に移し、 1階は調剤薬局と食品販売がメインのフロアとした。化粧品や日用品を扱う2階では、基礎化粧品売り場を性別で区別せず、「フェイシャルケア」など商品の機能に応じて陳列することにした。

 男性用化粧品を2階に移したのは、買い求める客がまだ珍しく、他の客や従業員の目線が気になるという声への配慮が必要だと判断したからだ。

 店長の古川さん(36)=名前は非公表=は、「お客さまを外見で判断せず、声掛けする際は『何かお探しですか』で統一している」と説明。「化粧品は」と尋ねられた際、これまでは男性用のある1階を案内するか女性用の2階にするかで迷ったが、売り場がすべて2階になったことで「案内しやすくなった」と話す。

注意点まとめたハンドブック

 度重なる企業の合併・買収(M&A)で成長したウエルシアは、「多様性を受け入れる文化や風土が醸成されてきた」(松本忠久社長)という。個人の能力を最大限に生かすことを狙い、会社として男女の制服共通化などの取り組みを進めてきたが、「平等な機会とインクルーシブ(包摂的)な世界の実現」を目指すP&Gジャパン(神戸市)との出会いがきっかけとなり、LGBTQ+についても対応を強化することになった。

 ウエルシアとP&G、そしてLGBTQ+の就職支援サイトなどを運営する「JobRainbow(ジョブレインボー)」(東京)は3社共同で、2022年夏からLGBTQ+当事者の客や有識者を招いたワークショップを開催。さらに、当事者173人とウエルシア従業員2265人を対象にアンケートも行い、接客の注意点をまとめたハンドブックを完成させた。

 「インクルーシブ・ショッピング」と題したこのハンドブックは、LGBTQ+の基礎知識に始まり、接客する従業員、薬剤師、美容部員それぞれに向けて、配慮すべきポイントやアドバイスを記載した。

デリケートな対応求められる医薬品

 ハンドブックはまず大前提として「異性を好きになることが当たり前だと思わないこと」「見た目(性表現)から『法律上の性』『性的指向』『性自認』は分からないと考えること」などを意識するよう助言。具体的には、「『彼女さん/彼氏さん』ではなく、『パートナー』という言葉を使用する」などとした。

 また、接客を通じてその人がLGBTQ+と知った場合、「間違っても本人の同意なしに他のスタッフと共有するのはNG」と警告。むしろ「『他のスタッフと共有しない』と伝えることが望ましい」としている。

 とりわけ、医薬品の販売に関してはデリケートな対応が求められるという。例えば、見た目が男性のように見えるのに、保険証などの名前が「〇〇子」など女性を連想させるものだと、薬剤師に怪訝な表情をされたり、「代理の方ですか」と聞かれて不快な思いをしたりするケースがあると紹介した。

 ハンドブックは、薬剤師が疑問を抱いたときは「ご本人さまですか」と聞くべきだと指摘。服薬指導はデリケートなことを聞かなくてはならないが、「『すべてのお客さまにお伺いしているのですが』と一言添えることで、自分だけが特別に尋ねられているわけではないと安心させることができる」とした。

 ハンドブックづくりに携わったジョブレインボーの星賢人代表は、「LGBTQ+の7割はカミングアウトしていないと言われている。そのため多くの人が自分の周囲にLGBTQ+はいないと思っており、その結果、当事者が差別的な言動に遭う可能性が大きくなってしまっている」と指摘する。「ドラッグストアといった地域に根差す店舗が多い業態でこそ、こうした(性的少数者に配慮した)対応が求められる」と話す。

 ウエルシアは、全従業員にハンドブックに基づく接客研修を実施するほか、各地の基幹店を中心に、「O-GUARD新宿店」のような商品の棚を性別で分けない売り場づくりを進めていくという。

スマホが目の代わりに

 「まっすぐ5メートルほど進んで、ゆっくり左を向いてください」「今触っていらっしゃるのが収納袋です。色は黒、値段は990円です」。良品計画は1日、横浜駅直結の商業ビルに入居する「無印良品 横浜ジョイナス」で、視覚に障害のある人の買い物を遠隔でサポートする実証実験を始めた。

 利用するのはSOMPOホールディングス(HD)の子会社が提供するサービス「アイコサポート」。障害者はあらかじめ自分のスマホにアイコサポートのアプリをダウンロードしておく。店で起動し、通話のボタンを押せばコールセンターにつながり、専門の研修を受けたオペレーターと話ができる。スマホのカメラに映る画像をオペレーターと共有しながら、売り場の案内や表示の読み上げをしてもらう仕組みだ。

 サービス利用料金は月額5500円だが、良品計画は「無印良品 横浜ジョイナス」とその周辺を無料でサービスが使える「フリーエリア」に設定。コールセンターにはあらかじめ店内のレイアウトを知らせておき、アプリさえダウンロードすれば、誰でも無料でオペレーターによる買い物の支援を受けられるようにした。

「居心地の悪さ、感じていた」

 サービスを利用して収納袋を買い求めた横浜市在住の神田信さん(57)は、20代後半から徐々に視力が落ち、今はほぼ何も見えないという。アイコサポートの利用は初めてで、「店内の誘導が的確で驚いた」と話す。神田さんは普段買い物をする際、たいてい店員に介助を頼むが、店が忙しい時間帯は頼むのも気が引けるし、「介助してもらうと買わないといけない気がして居心地の悪さを感じていた」。アイコサポートなら、「その店で買うものが決まっていなくても、ふらっと立ち寄ってウインドーショッピングができる」と嬉しそうだ。

 実証実験は1カ月間。良品計画の長田英知執行役員は、「視覚障害のある人の役に立ちたい。実験結果次第だが、基幹店から順次導入していきたい」とサービスの本格導入に意欲を示した。

 コンビニエンスストアでは聴覚・言語障害者のために、レジカウンターに「レジ袋いりません」「温めてください」などと書かれたシートを設置する動きが広がっている。指さし一つで意思表示できるようにするのが狙いだ。

 都内などの3店舗でアバターによる接客を試行しているローソンはこのほど、このうち1店舗に手話のできるアバターを登場させた。採用しているアバターオペレーターの中に手話のできる人がおり、実験的に手話接客を始めた。「今後はジェスチャーやイラスト、写真など、『視覚的な表現』を使用することで、手話のできないアバターオペレーターでも接客できる仕組みづくりを検討していく」(広報)予定だ。

誰もが気持ちよく、自分らしく

 電通の調査(2020年12月実施)によると、自分がLGBTQ+だと回答した人は全体の8.9%。10数人に1人は当事者ということになる。一方、厚生労働省の調査では、視覚障害があって身体障害者手帳を取得している人は16年の時点で31万2000人、聴覚・言語障害の手帳所持者は34万1000人。手帳のない人を含めると、目や耳が不自由な人はこの数倍になるとの見方もある。

 「1人で買い物ができる日が来るなんて」。6月1日、「無印良品 横浜ジョイナス」では、アイコサポートを使ってレトルトカレーを買った全盲の70代の女性の喜ぶ姿が印象的だった。ジョブレインボーの星氏は、「誰もが自分らしく、気持ちよく買い物できる環境が整っていけば嬉しい」と話している。

※LGBTQ+(プラス)とは

 多数派の性のあり方に当てはまらない人たちの総称。女性として女性に恋愛感情を抱く「レズビアン」、男性として男性に恋愛感情を抱く「ゲイ」、男女両方に対し恋愛感情を抱く「バイセクシャル」、生まれた時に割り当てられた性別と異なる性を生きようとする「トランスジェンダー」の頭文字を取ったのが、「LGBT」。

 「Q」は、性的少数者を包括的に表す「クィア」や自分の性が分からない「クエスチョニング」の頭文字で、「+」が他にも多様な性のあり方があるということを示している。(参考:インクルーシブ・ショッピング ハンドブック)

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