百貨店「西武池袋」の長い1日  「ストって何?」1年生記者が見てきた

2023年09月01日21時00分

 米投資ファンドへの売却をめぐり、大手百貨店「そごう・西武」の労働組合が8月31日、従業員の雇用維持を求めて西武池袋本店(東京都豊島区)でストライキを決行した。同店は臨時休業へと追い込まれ、終日シャッターが開くことはなかった。百貨店でストが実施されるのは1962年の阪神百貨店以来、61年ぶりだという。ストは憲法で保障された労働者の権利というが、具体的には何をし、どれだけの意味があるのだろう。入社1年目の記者(23)が見てきた。(時事通信経済部 佐藤晴智)

【目次】
 ◇初めて見るスト
 ◇最後の抵抗策
 ◇好意的な視線
 ◇想い届かず「売却決議」
 ◇ストは正しかったのか
【動画】そごう・西武の労働組合がデモ行進

初めて見るスト

 売上高で国内3位の大型百貨店「西武池袋本店」でストが決行されることになり、取材を命じられた。8月も終わりとは思えない暑さの中、JRや複数の地下鉄、私鉄が乗り入れる池袋駅を抜け、午前9時ごろ、直結する西武池袋本店前に着いた。

 さっそく通行人らへの取材を開始。午前10時。通常は開店する時間だが、シャッターは閉じたままだ。店舗前を通りかかった男子高校生2人組に声を掛けてみる。「百貨店がストに突入しましたがどう思いますか?」「百貨店はそもそも使わないし、よく分からない」。

 若者のリアルな声だ。筆者も、実はストを実際にナマで見るのは初めてだ。それが「誰に」「どれほどの影響を持つのか」想像が付かない。ただ、閉じたシャッターに張られた「全館臨時閉館」のお知らせは、この先も見ることはないだろうと思い、スマートフォンで撮影した。

 「分からない」という声だけでは先輩に怒られるので取材を続けると、閉館していることに胸を痛めている人に出会った。滋賀県に住む60代の女性。「西武大津店も閉店してしまった。東京に来たときにしか買えないお土産を買えずに残念です」。家族に会うために東京を訪れた際には必ず西武池袋に立ち寄るという。この日は張り紙の前にしばらく立っていたが、残念そうな後ろ姿を見せながら駅の方へ歩いていった。

最後の抵抗策

 そごう・西武の親会社であるセブン&アイ・ホールディングスは、そごう・西武を米投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループに売却する方針を決めていた。譲渡後は、家電量販大手「ヨドバシカメラ」が出店することを予定。そごう・西武の労組は百貨店事業の継続と雇用の維持が守られるのか懸念を強め、労使交渉が続けられてきた。しかし、溝は埋まらず、労組は「最後の抵抗策」としてスト決行を決め、経営側は1日限りの臨時閉館を判断した。

 「そごう・西武の売却を決めているセブン&アイの経営陣に対して、労組のストがどれほどの影響力も持つのだろう」「労組が協議すべきなのは本当にセブン&アイなのだろうか」など多くの疑問を持ちながら、午前11時過ぎ、店舗近くの公園に移動。集合していたのはデモ参加者など300人ほど。池袋本店の組合員だけでなく、全国のそごう・西武の組合員らも応援に駆け付けていた。公園には、「百貨店を残そう!池袋の地に」と書かれた、いくつもののぼりが風にはためいていた。

 組合員らは、池袋本店がある池袋駅東口をデモ行進する。記者団に囲まれたそごう・西武労組の寺岡泰博委員長は「ストを回避したい思いはあった」としながらも「(セブン&アイ側の)考えは変わらなかったので、われわれはわれわれの仕事をしたい」と、苦渋の決断だったことに理解を求めた。

好意的な視線

 暑さがさらに増してきた正午前から、デモ参加者らは300人規模の列をつくり、「ストライキ決行中!!」などと書いたプラカードを掲げて歩き始めた。メガホンを通じ、「西武池袋本店を守ろう!」「池袋の地に百貨店を残そう!」と口々に叫ぶ。これがデモ隊、これがシュプレヒコール…。

 筆者は青森県出身で、大学入学をきっかけに首都圏に出てきたため、池袋はあまり縁のない土地だ。池袋本店に来たこともなく、そもそも百貨店にもあまり行ったことがない。しかしデモ隊に付いて歩く中で、「こんなにも熱い想いを抱いた人々が働いているのか」と衝撃を受ける。

 一方、同じころ、池袋駅前では組合員によるビラ配りも始まった。プラカードを掲げ、ストを決行した理由を書いたビラを通行人に配る。ビラを受け取る人は結構多い。足を止めて、デモ隊の活動をスマートフォンのカメラに収める人も目立った。

想い届かず「売却決議」

 再び通行人に話を聞いてみる。「スト実施は当然のことだと思う」と話したのは、40代の会社員男性。池袋本店を数十年利用しているという70代男性が「従業員を応援している」と語るなど、デモ隊を見る人々のまなざしは、ストに対し好意的な見方をしている人が多いように感じた。ただ、中には、デモ行進による交通規制で、迂回を迫られたことにいらだちを見せる人も何人かいた。

 行進が終盤にさしかかった正午過ぎ、「セブン&アイ、そごう・西武の売却を決議」のニュースが流れた。セブン&アイが31日午前からの臨時取締役会で、フォートレスへの株式譲渡を決議したという内容だ。具体的で納得できる説明を得られなかったという労組が、最終手段で訴え続ける最中にセブン経営陣は売却を決議した。

 「通常ではライバルと言われている百貨店の友好労組の皆様とは、日常的にコミュニケーションを取ってきたが、改めて賛同して協力すると言ってくれたことがありがたい」。寺岡委員長は行進開始前にこう話し、そごう・西武の労組という枠を越え、支援や応援の輪の広がったことにこそ、今回の運動の大きな意味だと考えているようだった。

 デモ行進を終えた寺岡委員長は午後3時半ごろ、落胆の表情を浮かべながら、集まった記者団に「結果は変えられなかったが、ものごとの事実としては大きなことだったと思う」と、スト決行は間違いではなかったとの考えを強調した。

ストは正しかったのか

 デモ活動を見つめていた人にそごう・西武の売却についても聞いた。先ほどの40代の会社員男性は、「消費者の生活スタイルが変わる中で、百貨店がどう存在価値を見出すかが課題だ。雇用を守り生活を保証できるように模索してほしい」と、百貨店の新たな買い手に注文を付けた。近くを通った男性(78)は「時代だね。次の世代に良いものを残してほしい」と言葉少なに話した。

 多くの会社員が家路を急ぐ午後8時過ぎ。朝よりも多くの人が店舗前に立ち止まり、「臨時閉館」の張り紙の写真を撮っていた。「歴史的な」出来事を残しておきたいということだろうか。わざわざ渋谷から写真を撮りに来たという男性もいた。まるで1日限りの観光スポットと化した池袋本店は、日本の労働者が権利を行使する機会の少なさを物語っていると感じた。

 わずか1日、ストに付き合っただけだが、そごう・西武の組合員やデモ参加者が熱い思いで活動していることは理解できた。スト決行は正しかったのか。何か意味があったのだろうか。その答えはまだよく分からない。売却後の新たなそごう・西武の経営陣や、従業員らの今後の行動などから、いずれ明らかになっていくのだろう。

 夜の闇の中で、無言でそびえる池袋本店を見上げた。
(2023年9月1日掲載)
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