慶応大の細谷雄一教授(国際政治)が先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)を前にインタビューに応じた。細谷氏は、「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国の台頭で国際社会の構造は大きく変容し、G7の影響力は低下したと指摘。いかなる国も排除しない「法の支配」に基づく包摂的な国際秩序像を示してきた日本が、議長国として果たす役割は極めて大きいと強調した。(時事通信外信部編集委員 北井邦亮)
初の「戦時サミット」
-広島サミットの意義は。
細谷氏 圧倒的に重要な議題はウクライナ支援だ。日本が開催国になるのは7回目だが、初めて大規模な戦争が行われている中で開かれる「戦時サミット」になる。ウクライナ戦争開始から1年が経過し、長期化する可能性もあるという時に、各国内ではインフレやエネルギー問題などで不満が蓄積している。そうした中で、どう支援を持続させていくか。それを議論する上で決定的に重要なサミットになる。
G7として中長期的にウクライナを一層強固に支援し、それを持続していくことが明確になればそれだけ、ロシアのプーチン大統領が戦争を続けることは難しくなる。プーチン氏は、短期間での勝利と、主要国が持続的にウクライナを支援することはできないだろうという前提に立ってきたためだ。
こうした前提条件を拒絶し、持続的かつ長期にわたって支援できる体制を構築し、それを国際社会に示すことが、早期にプーチン氏を戦争継続困難な状況に追い込み、ロシア軍のウクライナ撤退を実現する鍵になる。
2点目は、グローバルサウスとの連携だ。昨年3月2日の国連総会の緊急特別会合では、140カ国超がロシア非難決議に参加したが、多数の棄権国も出た。また、対ロシア制裁となると多くの国が協力への抵抗を示す。
グローバルサウスの中核となるインドやブラジル、南アフリカなどは制裁に加わっていない。岸田文雄首相も今年1月の演説で「グローバルサウスから背を向けられるようでは、われわれ自身がマイノリティーとなる」と述べているが、G7はかつてないほど国際社会の中でマイノリティーになっている。G7として結束を示して強いメッセージを送ったとしても、かつてのように国際社会の中核的多数を占めることができなくなっている。
サミットでは、グローバルサウスとどれだけ強固な連帯を示せるか、特に今年の20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の議長国インドとの連携が、極めて大きな位置を占める。
国際秩序の革命的転換
-G7を「民主主義陣営」の中核国の集まりと位置付け、それが強く出過ぎると、中ロを中心とする「権威主義陣営」との対立の構図がより鮮明になり、好戦的雰囲気に包まれてしまう。
2017年のトランプ前米政権の国家安全保障戦略からだと思うが、国際社会を大国間競争の時代と位置付け、その中核に米中対立があり、さらにより大きな枠組みとして見た時に、米国が代表する自由民主主義陣営と中国を代表とする権威主義陣営とのイデオロギー対立があるとみられてきた。
ところがウクライナ戦争の開始から1年が経過し、民主主義対権威主義という構図が崩れてきている。バイデン米大統領は今年3月に2度目の「民主主義サミット」を開催することで二項対立を一層鮮明にしようとしたが、米国内外から非常に強い反発を招いた。二項対立では国際社会を説明できない。グローバルサウスが大きな影響力を持つようになっているからだ。
つまり、グローバルサウスは客体として米国や中国に取り込まれつつあるのではなくて、主体として自らの意思や価値観を持って行動している。われわれは、グローバルサウスが独自の価値観で行動していることを認識しないといけない。この1年で国際秩序の見方は革命的に転換しつつある。
きっかけはインドだ。インドが対ロ制裁に同調しないことに対し、昨年までは非常に批判が強かった。ロシアとの武器取引の割合もインドが圧倒的に多かった。インドからすれば、そういう批判は「西側諸国による価値の押し付け」だ。
英誌「エコノミスト」は、「non-aligned neutrals」、非同盟中立諸国と呼んでいるが、インドをはじめとするそうした国々の立場を尊重することが、国際秩序を二項対立で見ないことにつながる。
「法の支配」という秩序づくり
-グローバルサウスとの連携で重要な点は。
08年のリーマン・ショック以降、欧米ではポピュリズムやナショナリズムが強まり、内向き志向が高まった。G7は過去10年ほどの間、グローバルサウスの重要性を過小評価してきた。ところが中国の外相は毎年、年初にまずアフリカ諸国を訪問している。中国は経済的つながりだけでなく、精神的にもアフリカとのつながりを深めている。
世界の構造は変わってしまった。G7だけで国際秩序の重要な価値やルールを決めることはもはやできない時代になっている。われわれが国際社会でマイノリティーになっていることをより深く自覚する必要がある。
-バイデン氏の言う自由民主主義や人権といったリベラルな価値観ではなく、法秩序といった別の概念の方が共感を得やすくなっているということか。
ウクライナ戦争や米中対立など、さまざまな形で世界が分断されている。そうした中で日本外交は、一元的な価値で世界を統一するのでも、一部の国を排除して敵対的ブロックを形成するのでもなく、より包摂的で多様性を尊重した世界秩序を目指してきた。その根底にあるのが、法の支配に基づく国際秩序という考えだ。
民主主義という旗を掲げれば、権威主義体制、独裁体制など、参加できない国もたくさん出る。法の支配であれば、中ロを含めあらゆる国が参加可能だ。この概念の核心は、排除せずに包摂する、可能な限り緩やかであるということ。「自由で開かれたインド太平洋」構想の根底にあるのはこれだ。
サミットでの米国のプレゼンスは非常に低下している。バイデン氏が民主主義サミットで提示したビジョンに対するオルタナティブ(代替案)として、民主主義という言葉を使わずに、より包摂的で多様性を帯びた構想として、「法の支配に基づく国際秩序」「自由で開かれた国際秩序」が中核になっていくかもしれない。
偶然ではあるものの、世界が分断される中で、包摂的な世界秩序像を一貫して示してきた日本が今年のサミット議長国を務めることは、極めて意義が大きい。
死活的に重要なこと
-広島という土地でのサミットで、核軍縮が主要議題になる。
核不拡散・核軍縮に広島で真摯(しんし)に向き合うことは象徴的意味を含め重要だと思うが、より切実な問題として、ロシアが核を使用するかどうかが問われている。長期的目標として「核兵器のない世界」や核軍縮を掲げることは重要だが、同時に短期的目標として、「核を使用させない」という強い意思を示すことが死活的に重要だ。
国連やアジア太平洋経済協力会議(APEC)、G20には全てロシアが入っているので、強い言葉で核兵器を使わせないと言うことはなかなか難しい。北大西洋条約機構(NATO)は核抑止を戦略の中核に据えており、加盟国の安全を守る上で、逆の意味で核を使わせないとは言いにくい。
実はG7が、核を使わせないというメッセージを発する国際的枠組みとして最も有効だ。広島でサミットを行うことを含め、G7だからこそ世界に発信する強みと意義がある。