<顔が腫れたということで来院された患者さん。腎不全・心不全・アレルギーなどを考えて検査したが、何も異常がない。MRI を撮影してみると、皮下に異物を示唆する所見だった。聞いてみると、ヒアルロン酸を入れたという。異物によるアレルギー反応と診断できた。下の画像は正常な人(別人)のもの>
『画像が語る診えない真実 読影医の診断ノートから』(佐藤俊彦著、時事通信社 https://bookpub.jiji.com/book/b619087.html)は、放射線診断医がCTやMRIなどの画像を読み解く「読影」をテーマにした医療ノンフィクションの短編集です。「主治医が判断できない画像から答えを導き出す」「主治医の見立てに対して幅広い知識と読影の技術で間違いを指摘する」ことが放射線診断医の重要な役割。画像やデータを駆使し、目の前にいない患者の真実を推理し、背景にある病気やけがに至る人間ドラマを明らかにしていきます。5編を選りすぐり、週1回のペースで掲載します。今回は第4話「美容施術は思いのほかリスキー」です。
【第1話 AYA世代の白血病 /jc/v8?id=2023Gazougakataru01】
【第2話 悪化の原因はリハビリにあり /jc/v8?id=2023Gazougakataru02】
【第3話 湯船に浮いた死体 /jc/v8?id=2023Gazougakataru03】
【第5話 刺さったのか 自分で刺したのか /jc/v8?id=2023Gazougakataru05】
いきなり顔がパンパンに
顔がパンパンにむくんだ四〇代の女性、Uさんが外来にやってきた。ほとんど目も開けられないほどで、口元も腫れているからしゃべるのも不自由そうだ。
化粧品を変えたとか、刺激物に触れたとか、虫に刺されたというような覚えはないという。そういう原因がないのにむくみが出たとき、まず疑わなくてはならないのが心不全や腎不全だ。
早速、採血と心臓の超音波検査を行ったが、とくに異常は見られなかった。この段階で、たいていの病院なら「なんらかのアレルギーで、そのうち引くでしょう」と、抗アレルギー剤を出して終わりだ。
ただ、私はUさんに起きていることを確実に突き止めたくて、MRI撮影を追加した。普通、MRIは皮膚の下の状態を見るために使うことなどないが、軟部組織の状態がよくわかるのだ。
実際に画像を見てみると、皮下になにかが分厚く白っぽく写っている。脂肪性のものを疑ったが、いまひとつ確定に至らない。そこで、造影をしてみると、よりはっきり見えてきた。皮膚の下に均等に異物が広がっており、炎症が起きている。
しかしながら、こんな異物が自然に皮下に入り込むなど考えられない。二~三日と言わず、もっと長期に遡って思い当たることはないかと聞いてみると、二週間前に美容整形の施術を受けたのだと話してくれた。
原因はシワ伸ばしだった
Uさんは、最近増えてきたシワを目立たなくするために、美容外科で皮下にヒアルロン酸を注入した。注射するだけの手軽さから、女性に人気のある施術である。
注入するヒアルロン酸自体は少量だから、普通はほどほどにハリのある肌になる。しかし、あくまで異物なので、アレルギー反応が出ることもある。Uさんの場合、とくに強い反応が出て、顔中の皮下に炎症性の肉芽腫が広がってしまったのだ。
それでも、原因が早く掴めたので、Uさんの症状はステロイド投与で治まった。もし、放置して炎症が全身に及んでいたら、敗血症さえ起こしかねない。
こうした異物を入れたことによるトラブルは結構あるのだが、美容外科はそれらケアには熱心ではない。Uさんが最初からヒアルロン酸の副作用を疑って美容外科に行っていたら、かえって話がこじれて症状は長引いたかも知れない。なまじ施術から二週間も経っていたため、今回の顔の腫れとヒアルロン酸の注入を結びつけて考えなかったことが幸いしたとも言えるだろう。
コロナ禍で、美容整形のクリニックが大繁盛したという。そもそも人に会う機会が減り、会ったとしてもマスクをしているのが当たり前だったから、周囲に気づかれずに施術を受けられることが大きかったようだ。
そうした状況について、私はなんら批判する気はない。ただ、Uさんのように、想像もしていなかった事態に陥る可能性については考えておいて欲しい。
失明に至ることも
皮下にヒアルロン酸のような物質を注入するとき、医師として気をつけなければならないのが血管を避けることだ。ところが、これがなかなか難しい。
ある程度の太さがある血管なら、間違って刺してしまったときに血液の逆流があるから気づくことができる。しかし、顔の血管は極めて細いために血液の逆流が見られず、そのまま血管内に注入し詰まらせてしまうことが起き得る。
それでも、大きな影響がない血管ならいいが、顔には脳血管系のものと眼動脈からのものが複雑に絡み合っている。
もし、脳血管系のものを詰まらせてしまえば脳梗塞に、眼動脈からの血管を詰まらせてしまうと失明に至ることがあるのだ。
ちなみに、やはり皮下に注入するボトックス施術は、ボツリヌス菌を入れ表情筋を麻痺させることでシワを目立たなくするというものだ。
この施術では、効果を期待しすぎて量を多く使えば、その分、麻痺が大きくなって能面みたいな顔になってしまう。
青あざの治療における事故
子どもの頃から顔に痣がある血管腫は、親からしてみると心配の種だろう。学校に入って子どもがいじめに遭ったりする前に、治してあげたいと思うのは当然だ。
血管腫の治療法にはいろいろあるが、病変を形成している血管に塞栓物を入れることで血流を遮断するというやり方がよく用いられる。
とはいえ、この治療も、狙った血管とは違う血管に塞栓物を入れてしまえば大変なことになる。狙った血管に適切に塞栓物を注入するためには、画像を正しくチェックしながら作業を進めることが必須だ。
ところが、画像の読影能力が低い医師はそれができない。
かつて、間違った血管に塞栓物を注入してしまい、脳梗塞を起こした上に、顔の半分が壊死してしまうという悲惨な医療事故があった。
壊死した箇所は元に戻ることはない。その被害者は、まだ幼い女児であった。
(注釈)本稿で取り上げた事例や画像は全て実際のものですが、プライバシー保護のため、個人が特定されるような属性や背景などは、一部改変しています。
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佐藤俊彦(さとう・としひこ)1960年福島県出身。85年福島県立医科大学卒業、同大学放射線科入局。日本医科大学付属第一病院、獨協医科大学病院、鷲谷病院での勤務を経て、97年に宇都宮セントラルクリニックを開院。最新の医療機器やAIをいち早く取り入れ、「画像診断」によるがんの超早期発見に注力。2003年には、栃木県内で初めてPET装置を導入すると同時に、県内初の会員制のメディカルクラブを立ち上げた。23年春には東京世田谷でも同様の画像診断センターをオープンし、メディカルクラブの会員の顧問医として総合的な健康管理を進める。健康寿命100年を目指して医師が監修するヘルスケア商品を製造販売する株式会社BodyVoice顧問。高齢化社会における相続トラブル回避のための、認知症の早期診断や画像鑑定による医療・交通事故などの死因究明や後遺障害認定評価をサポートするメディカルリサーチ株式会社の顧問も兼任。著書に『ステージ4でもあきらめない最新がん治療』( 幻冬舎)など多数。