【第2話】悪化の原因はリハビリにあり

2023年08月25日11時00分

<整形外科医のクリニックでは、レントゲンを撮影して、骨には異常がない=何も異常がないとして、リハビリをさせられている患者さんもいる。しかし、関節は、骨以外に靱帯や軟骨などが存在しているので、外傷の場合、MRIを撮影しなければ正確な診断が困難である。レントゲン(右)では骨の異常はないが、MRI(左)では腱が切れて炎症を起こしているのが一目でわかる(白い部分)>

 『画像が語る診えない真実 読影医の診断ノートから』(佐藤俊彦著、時事通信社 https://bookpub.jiji.com/book/b619087.html)は、放射線診断医がCTやMRIなどの画像を読み解く「読影」をテーマにした医療ノンフィクションの短編集です。「主治医が判断できない画像から答えを導き出す」「主治医の見立てに対して幅広い知識と読影の技術で間違いを指摘する」ことが放射線診断医の重要な役割。画像やデータを駆使し、目の前にいない患者の真実を推理し、背景にある病気やけがに至る人間ドラマを明らかにしていきます。5編を選りすぐり、週1回のペースで掲載します。今回は第2話「悪化の原因はリハビリにあり」です。

 第1話 AYA世代の白血病       /jc/v8?id=2023Gazougakataru01

 【第3話 湯船に浮いた死体       /jc/v8?id=2023Gazougakataru03

 【第4話 美容施術は思いのほかリスキー /jc/v8?id=2023Gazougakataru04

    【第5話 刺さったのか自分で刺したのか   /jc/v8?id=2023Gazougakataru05

どうにもならない肩の痛み

 「手が上がらなくなってしまって、髪を洗うこともできないのです」目の前の女性が訴える。50歳になったばかりのLさんだ。

 Lさんはスポーツウーマンで、約半年前にヨットレースに参加した。方向を変えようと高い位置のロープを掴み、引っ張ったときに左肩に激痛が走った。

 レースはなんとか乗り切ったものの、どうにも痛みが引かない。市民病院の整形外科に駆け込んでレントゲンを撮ってもらったが骨に異常はないという。

 ただ、痛みは続いているので、すすめられるままにブロック注射(痛みの部位の神経の近くに局所麻酔薬を注入する)を打ってもらったり、「プーリー」と呼ばれるリハビリをしてきたという。プーリーは、椅子に腰掛けた状態で、頭上の滑車に通したロープの両端の握り棒を持ち、両手を交互に上げ下げするリハビリ運動だ。

 ところが、真面目にリハビリもこなしているのに、良くなるどころか、最近になって急激に悪化し、左腕はほとんど動かせなくなってしまった。利き腕ではないが、左手が動かせないのはとてつもなく不便だ。着替えることはもちろん、たしかに洗髪も難しい。それになにより痛みがつらい。

 話を聞いた段階で、骨ではなく腱や筋肉など軟部組織に障害が出ているのではないかと私には想像がついた。はたして、MRIで撮影してみると、Lさんの肩はとんでもないことになっていた。

リハビリで腱がズタズタに

 まず、棘上筋腱という左肩の腱が、完全に断裂している。また、肩鎖関節の炎症、上腕二頭筋長頭腱炎など、あちこちの軟部組織が損傷し、組織周囲に水が溜まっているのがわかる。これでは痛いはずだ。

 こんなにひどい状態で、無理に肩を上げ下げするリハビリを行えば、症状は悪化するばかりなのは目に見えている。治すためにせっせと行った半年間のリハビリで、Lさんは切れた腱の周囲にまで炎症を広げてしまったのだ。

 もちろん、市民病院の担当医に悪意があったわけではない。ただ、レントゲンしか見ていないから、Lさんの肩に起きている重大事に気づけないのだ。

 私はすぐに、腕のいい整形外科医を紹介し、Lさんは関節鏡視下手術で切れた腱をつなぐことができた。

 関節鏡視下手術とは、関節の周囲に数か所小さな穴を開け、そこから関節の中を還流液(組織の洗浄、形態保持に用いる液体)で満たした後、高性能の小型カメラを備えた内視鏡を挿入し、関節部位を視認しながら損傷部位を修復するものだ。

 従来の手術では、大きく切開して肩関節を外すことが必要だったが、関節鏡視下で行ったため、Lさんの負担も少なく、痕跡もほぼ残らずに済んだ。

 もし、MRIを撮らずにずっと市民病院でリハビリを続けていたら、さらに状況はひどいことになっていただろう。

因果関係を証明するのは案外難しい

 Lさんのように、とんでもない目に遭っているケースは、掃いて捨てるほどある。それでも、Lさんの場合は自分で起こした怪我だ。これが、相手がある交通事故で、保障問題も絡んでくるとなれば、なおのこと「とんでもない目に遭った」では済ませるわけにはいかない。

 バイクで走行中に交通事故に遭った、30代の男性がまさにそれである。

 相手方車両が右折時に確認を怠ったために、直進してきた男性が巻き込まれバイクごと転倒した。男性に過失がないことは明らかだった。

 運び込まれた病院でのレントゲンで骨折はなく、擦過傷程度の軽症と診断された。しかし、その後、左肩の痛みと肩関節の可動域の減少を訴え、私が勤めるクリニックを受診。MRIで確認すると、血腫・水腫が認められた。

 さらに半年後のMRIでは、血腫・水腫は消滅している。事故から時間が経過したことで自然治癒に向かっていることを示しているが、治ればいいという話ではない。

 その間、男性の仕事にかなりの支障が出ている。もちろん、治療費もかかっている。事故との因果関係を示して賠償金を取りたいところだが、それが案外、難しいのだ。

自分を守るために不可欠なこと

 これら事例が示すように、レントゲンしか撮らずにいれば、靭帯、筋肉、腱などの軟部組織が損傷されていることはわからない。後で、軟部組織損傷による障害が出てきても、事故との因果関係が証明しにくく紛争も起きる。

 また、もし後から骨折が見つかったとしても、レントゲンではその受傷時期を判定することは難しい。

 たとえば、骨粗鬆症が進んだ高齢女性には、背骨の圧迫骨折が多い。こういう人が事故に遭ったときにレントゲンを撮れば、圧迫骨折があるのはわかる。しかし、その圧迫骨折がすでにあったものなのか、事故によって引き起こされたのかは断定できない。

 一方、MRIを撮れば時期が推測できる。というのも、急性期の骨折部位は水っぽく、慢性期にはそれが脂肪に変わる。このため、MRIが出す信号が違うので、時期の推定が可能なのだ。

 だから、事故に遭ったときや、肩、膝、腰、首など軟部組織に支えられている部位に怪我を負ったときには、レントゲンだけでなくMRIによる撮影をしておくことが必須だ。

 交通事故の場合、今の自動車保険には、たいてい弁護士特約が付いている。私たちの啓蒙活動によって、事故に遭ったら必ずMRIを撮るべきだと理解している弁護士も多いから、「早くMRIを撮っておいてください」と言ってくるだろう。しかし、Lさんのような場合、そうした助けが期待できず、一人でいろいろ判断しなければならない。

 そういうときのために、「事故や怪我には、早期にMRI」と覚えておいて欲しい。病院で「撮ってください」と言えばいいだけだから、遠慮はいらない。整形外科でうまく治らない方や交通事故で困っている方は、セカンドオピニオンを受けることをお勧めしたい。

 画像診断医は、整形外科医や婦人科医の業界と違う観点から病気を評価するし、それぞれの専門家を知っているので、最適な治療を提供できる可能性が高い。

 交通事故の後遺症で悩まれている方は、費用の問題や保険会社との交渉もある。私たちはこのような相談にも乗っている。

 (注釈)本稿で取り上げた事例や画像は全て実際のものですが、プライバシー保護のため、個人が特定されるような属性や背景などは、一部改変しています。

 ◇◇◇

 佐藤俊彦(さとう・としひこ)1960年福島県出身。85年福島県立医科大学卒業、同大学放射線科入局。日本医科大学付属第一病院、獨協医科大学病院、鷲谷病院での勤務を経て、97年に宇都宮セントラルクリニックを開院。最新の医療機器やAIをいち早く取り入れ、「画像診断」によるがんの超早期発見に注力。2003年には、栃木県内で初めてPET装置を導入すると同時に、県内初の会員制のメディカルクラブを立ち上げた。23年春には東京世田谷でも同様の画像診断センターをオープンし、メディカルクラブの会員の顧問医として総合的な健康管理を進める。健康寿命100年を目指して医師が監修するヘルスケア商品を製造販売する株式会社BodyVoice顧問。高齢化社会における相続トラブル回避のための、認知症の早期診断や画像鑑定による医療・交通事故などの死因究明や後遺障害認定評価をサポートするメディカルリサーチ株式会社の顧問も兼任。著書に『ステージ4でもあきらめない最新がん治療』( 幻冬舎)など多数。

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