<左はMRIの画像。通常は大人になると骨髄の脂肪化が進み脂肪髄と変わるため、〇で囲んだ骨髄は白く写るが、この画像は真っ黒である。これは、造血細胞が亢進していることを示している。右のPETの画像は体中の骨髄の脂肪が失われ、骨が真っ黒に写っている>
『画像が語る診えない真実 読影医の診断ノートから』(佐藤俊彦著、時事通信社 https://bookpub.jiji.com/book/b619087.html)は、放射線診断医がCTやMRIなどの画像を読み解く「読影」をテーマにした医療ノンフィクションの短編集です。「主治医が判断できない画像から答えを導き出す」「主治医の見立てに対して幅広い知識と読影の技術で間違いを指摘する」ことが放射線診断医の重要な役割。画像やデータを駆使し、目の前にいない患者の真実を推理し、背景にある病気やけがに至る人間ドラマを明らかにしていきます。今回は5編を選りすぐり、週1回のペースで掲載して参ります。
【第2話 悪化の原因はリハビリにあり /jc/v8?id=2023Gazougakataru02】
【第3話 湯船に浮いた死体 /jc/v8?id=2023Gazougakataru03】
【第4話 美容施術は思いのほかリスキー /jc/v8?id=2023Gazougakataru04】
【第5話 刺さったのか 自分で刺したのか /jc/v8?id=2023Gazougakataru05】
一目で疑われた白血病
30代の独身男性G氏が、社長に付き添われてやって来た。その社長は、私が勤めるクリニックで毎年人間ドックを受けているから顔見知りだ。普段は豪快なタイプなのに、そのときはやけに真剣な表情をしていた。どうやら、G氏のことが心配でならない様子だった。
コロナ禍にあって、G氏は突然、高熱を出した。すぐに社長に報告し休みをもらって、発熱外来を受診した。そこで、PCR検査を受けたが陰性だった。
陰性判定にほっとしたものの、熱は下がらない。39度前後の熱が続くため、数回PCR検査を繰り返したが、すべて陰性だ。原因がわからない不安から、「いっそのこと、コロナと判明したほうがスッキリするのに」とまで思うようになった。
いくら若い男性でも、高熱は人を消耗させる。見るからに弱っているG氏を、社長は放っておけなくなったのだろう。
相談を受けて私が問診すると、G氏は右手指の痛みも訴えている。その傷みが頸椎から来るものであることも考えて、私はまず、MRIで頸部を撮影することにした。すると、驚くべき所見が得られたのだ。
頸椎の骨髄は、成長期を終えた年代では「脂肪髄」といって脂肪に満たされているのが普通だ。その場合、MRIでは白く写る。ところが、G氏の場合、真っ黒である。これは、造血細胞が亢進していることを示している。
さらに P E T で全身を撮影してみると、背骨、肋骨、腸骨、恥骨、座骨など、骨という骨がまっ黒に写っている。体中の骨髄の脂肪が失われ、造血細胞が増えているということで、白血病が疑われた。
血液検査ではわからない段階だった
これら画像をつけて血液内科を紹介すると、胸骨穿刺という検査を経て急性骨髄性白血病と診断された。
実は、当時のG氏の白血球値は9800である。白血球値の基準値は3100~8400 とされているが、ちょっとした感染症でも9000を超えることなどざらにある。だから、G氏の場合、血液検査を受けても白血病は疑われなかった可能性が高い。白血病になると、骨髄中で造血細胞が盛んにつくられる。しかし、それが容量を超えて溢れ、末梢血に出てくるまでには時間がかかる。血液検査で異常が指摘されたときには、かなり進行しているケースが多いのだ。
逆に言えば、画像を撮ったために、血液検査でもわからない早期の段階で発見できたわけで、G氏はラッキーだったことになる。それを伝えると、ようやく社長の顔にいつもの笑顔が戻った。
もう一つ、いい情報がある。固形がんは複数の遺伝子異常が認められるのに対し、白血病では一つの遺伝子について異常が生じる。その遺伝子に絞って治療できるために、効果が出たときは完治しやすいのだ。
AYA世代こそ画像診断を
私は、患者を長く治療して稼ぐことには興味がない。私の関心は、ひたすら正しい診断を下すことだ。
正しい診断には、良い内容も悪い内容もある。できれば、「これは良性のものですから心配はないですね」と伝えたい。でも、そうはいかないときもある。しかし、悪いものであっても、早く診断することで治癒に持って行ける。だから私は、一刻も早く正しい診断を下したいのだ。
患者の年齢や置かれた状況によって、そうした気持ちに変化が生じることはないが、やはり、若い人に重篤な病気に負けて欲しくはない。
私自身、30代でがんを経験しており、G氏のことは他人事ではなかった。
思春期と若年成人の15~39歳までを「AYA世代」と称するが、この世代で毎年約2万人が新たにがんにかかっている。
年代によってかかりやすいがんの種類があり、若いほど、白血病、リンパ腫、胚細胞腫瘍、性腺腫瘍、脳腫瘍などが多く、30歳前後から乳がんや子宮頸がんが増えてくる。
こうした若年世代のがんについても、画像診断は大きな力を発揮する。「まだ若いから」という思い込みは捨てて、不安があったなら、いつでも放射線科医を訪ねて欲しい。
(注釈)本稿で取り上げた事例や画像は全て実際のものですが、プライバシー保護のため、個人が特定されるような属性や背景などは、一部改変しています。
◇ ◇ ◇
佐藤俊彦(さとう・としひこ)1960年福島県出身。85年福島県立医科大学卒業、同大学放射線科入局。日本医科大学付属第一病院、獨協医科大学病院、鷲谷病院での勤務を経て、97年に宇都宮セントラルクリニックを開院。最新の医療機器やAIをいち早く取り入れ、「画像診断」によるがんの超早期発見に注力。2003年には、栃木県内で初めてPET装置を導入すると同時に、県内初の会員制のメディカルクラブを立ち上げた。23年春には東京世田谷でも同様の画像診断センターをオープンし、メディカルクラブの会員の顧問医として総合的な健康管理を進める。健康寿命100年を目指して医師が監修するヘルスケア商品を製造販売する株式会社BodyVoice顧問。高齢化社会における相続トラブル回避のための、認知症の早期診断や画像鑑定による医療・交通事故などの死因究明や後遺障害認定評価をサポートするメディカルリサーチ株式会社の顧問も兼任。著書に『ステージ4でもあきらめない最新がん治療』( 幻冬舎)など多数。