電気自動車(EV)シフト、自動運転化など、100年に1度の変革期を迎えたと言われる自動車業界。日本国内では、EVシフトに懐疑的な見方がある一方、「参入が遅れれば、新たな事業モデルの構築に乗り遅れる」と心配する声も聞かれる。世界の潮流から見て、EV開発を巡る日本の現在地は、どの辺りに位置付けられるのだろう。野村総合研究所(NRI)パートナーで、次世代自動車やEV分野が専門の風間智英氏に聞いた。(経済部編集委員・豊田百合枝)
再エネ比率上がれば加速
-世界のEV化の流れはどのような状況になっていますか。
欧州や中国でEVシフトがどんどん進んでいる。米国はこれから始まるところだ。欧州はカーボンニュートラル(CN=脱炭素化)で世界を引っ張っている存在。石油から電気へのエネルギーシフトと、火力発電から再生エネルギーを活用した発電へのシフトが進んでいる。脱炭素社会の実現には電気を使う必要があり、EVシフトはもはや避けることはできない。今後、再エネの比率が上がれば、EV導入の意義はどんどん増していくだろう。
-脱炭素化と一口に言っても、開発にはいくつかの選択肢があるのではないですか。
電力を使うバッテリーEVのほか、いったん水素を電気エネルギーに換えて使用するFCV(燃料電池車)など、脱炭素化にもいろいろな方法がある。ただ、例えば、短距離や中距離の移動に使う乗用車はバッテリーEVのほうが使い勝手が良いとされ、長距離(のトラックなど)は水素という使い分けになっていくのではないか。いずれにしろ、電気を使う車にしないと脱炭素化は達成できないという大きな流れを見失ってはいけない。その意味で、日本はちょっと遅いなと思っている。
「主力市場の違い」が差
-なぜ出遅れてしまったのでしょうか。
日米欧・中国のそれぞれのメーカーがどこを主たる販売市場としているかがEV化の差になった。日系メーカーは、EV化をけん引する政府がなかった東南アジア市場や米市場での販売構成が高い。東南アジアを見ていれば、「EV化などだれも言ってないじゃないか」となってしまう。中国市場ではそれなりに売り上げがあるとはいえ、独フォルクスワーゲンや米ゼネラル・モーターズ(GM)の存在感のほうが大きい。米国政府がEV化に方針を変えたことで、日系メーカーも慌てて対応しているのが現状だ。
一方、欧州メーカーは、EV化に積極的な政府がある欧州と中国市場が中心だったため、取り組みが早かった。米系メーカーは米中市場がメーンで、中国メーカーは自国政府の対応に合わせる必要があった。各メーカーがどこを主たる市場としているかによって、EV化の取り組みに違いが生じた。
「売り切り」だけでは厳しい
-国内には今もEV化に懐疑的な意見が根強くあります。
EV市場におけるメーカーの成功と失敗はこれからの勝負次第だが、EV化への懐疑的な考え方が、意思決定を鈍らせた面はある。ハイブリッド車(HV)がメーンで、EVは無理との意見も根強くあった。新興国のエネルギー構成を考えると、どの国もEVが(脱炭素化にとって)最適とは限らないという議論だ。しかし、これは過去の成功体験が、意思決定にバイアスを掛けてしまう「成功の復讐(ふくしゅう)」という面があったのではないか。
-EVのバッテリーに必要なレアメタルが足りないといった懸念から、EV化の行方を見極めるべきだとの議論もあります。
日系メーカーは、「後出しジャンケン」でも勝てると思っているのではないか。ガソリン車の世界では、格好良いクルマ、燃費の良いクルマを造れば、シェアを取り戻すことができたかもしれない。しかし、EVのビジネスは、従来の「(車の)売り切り」ではなく、販売後がより大切になっていく。
-ビジネス自体が変わるということですか。
EV化と合わせ、特に自動運転が実現すれば、車の使い方は変わり、メーカーのビジネスモデルも大きく変わる。メーカーは、造って売るだけではもうからず、例えば、安全に関するソフトウエアや保険、エンターテインメントなど、車の販売後も継続して収益を上げていくような事業モデルを考えていかなければならないだろう。
先行する欧州メーカーが、EVを販売した後の付随サービスを提供する仕組みをつくり、そのまま米国やアジアで根付かせてしまう可能性もある。そうなれば、様子見していた日系メーカーは参入が困難になってしまうだろう。HVで良いのでは、と動けずにいると、EVの戦いで致命的な問題になる。
いずれは水平分業も
-自動車業界ではかつて「400万台クラブ」と呼ばれたように、世界で一定の生産規模を持つことがメーカーにとって重要だとされてきました。
EVを造る組み立てメーカーもこれまでと同じように規模を追求し、量産効果でコストを下げて利益を得るビジネスが求められる。一方で車を安全に、快適に走らせる付随サービスのほうは、どれだけ顧客規模を増やし、1件当たりのコストを低減させられるかが重要なので、生産面でもサービス面でも規模を追求する意味はなくならないのではないか。
-メーカーは開発から生産までを一貫して行ってきましたが、EV化はスマートフォンなどのように技術開発と組み立てを別会社で行う水平分業に移行させるのでは、との指摘もあります。
テスラは現在、組み立てから保険サービスまで自ら手掛けるなど、完全に垂直統合モデルを追っている。ただ、EVの立ち上がり期なので、いずれは水平分業も出てくるだろう。組み立てを手掛ける事業者のほか、モーターなどパワーユニット、EVシステム、移動時のサービスなどを提供する業者らがどのように連携し、機能をうまく統合するのか。将来的には(目的に合わせて企業の組み合わせを柔軟に変える)ジャズのセッションのような形になるのかもしれない。
協業による価値創造
-日産自動車とルノーは2月、EVを軸に提携の在り方を見直しました。
ビジネスモデルで先行している欧州メーカーのルノーと日系メーカーとのアライアンスにはメリットがあると思う。ただ、ルノーが分社化するEV新会社に特許などの知的財産を移管することは非常に難しい課題となるだろう。
-そのEV新会社には、米半導体大手のクアルコムも出資します。
メーカーは自社のデータ部門でも取り組んでいるのだろうが、自動運転など先進的な情報化が求められていることを踏まえれば、(高性能な半導体チップを手掛ける)彼らと協業しない手はない。
-情報産業として一枚も二枚も上手な彼らに、「母屋」を奪われる懸念もありそうです。
軒を貸して母屋を取られる、との懸念は理解できるが、その問題を解決できれば、協業は非常に良い形になるではないか。例えばグーグルは、買い物や趣味などの情報を含めて移動情報を解釈し、「スターバックスではなく、運転手が好きなドトールコーヒー」の情報を提供するといったこともできる。生活者の情報を自動車メーカーは持っていないから、走行する車から取得した情報とうまく融合させ、新しい付加価値を生むこともできるかもしれない。
風間 智英氏(かざま・ともひで)野村総合研究所コンサルティング事業本部パートナー。1970年東京都生まれ。早大理工学部卒。94年野村総合研究所に入社。自動車・エネルギー・電池業界を中心に、事業戦略、新規事業開発等のプロジェクトに従事。2007年から10年まで、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術評価委員。