北極で進む激しい気温上昇
「暑い暑い」と繰り返しているうちに2023年の夏が過ぎた。私が暮らす北海道では真夏日(30℃以上)が44日間も続き、気象観測が始まって以来例のない酷暑となった。全国的にも、7~9月の月平均気温がいずれも史上最高を記録している。暑さにあえいでいたのは日本だけではない。6~8月の世界平均気温は過去に例のない高温で、北半球では観測史上最も暑い夏となった。
世界各地が気温上昇の波にのみ込まれている。しかしながら、気温が上昇する速度は地域によって異なる。暑いといえば熱帯や砂漠が思い浮かぶが、実は地球で最も激しい温暖化は北極で起きている。極寒の地で、世界平均の4倍速で気温が上昇しているのである(図1、図2)。この急激な気候変化が、日本の極端な気候現象に拍車を掛け、地球全体をさらなる気候変動へと巻き込もうとしている。なぜ北極の気温上昇が激しいのか? そしてなぜ北極の気候が他の地域に影響を及ぼすのだろうか?
北極が「氷」から「海」に変化して起こる悪循環
北緯約66.5度より北、北極点を中心とした地域を「北極圏」と呼ぶ(図3)。夏には陽が沈まない白夜が訪れ、冬になれば極夜の闇に包まれる地域である。北緯66度といえば、北海道から北へ2500キロメートル、米国、カナダ、グリーンランド(デンマーク)、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシア、といった国々を通る。これら8カ国に囲まれた海は「北極海」と呼ばれ、そのほとんどが海の水が凍った「海氷」で覆われている(図4)。急激な気候変動の原因はこの海氷にある。
北極海の面積は日本の40倍。地球の反対側にある南極大陸と似た大きさだが、両者の素性は全く異なる。南極には大陸があり、「氷床」と呼ばれる平均厚さ2000メートルの氷に覆われている。対して北極海を覆う海氷の厚さはせいぜい数メートルにすぎない。薄っぺらな海氷は脆弱(ぜいじゃく)で、夏から秋には氷が解けて海水面が顔を出す(図4)。近年の温暖化で海氷面積が大きく減少し(図5)、海が広がるようになった。北極が「氷」から「海」に変化すると、何が起きるのだろうか。
まず、真っ白な海氷が暗い海水面に変わることで、太陽からのエネルギーがより多く吸収される。雪や氷は地球表面で最も反射率が高く、降り注ぐ太陽光の60~80%をはじき返している。その一方で、海面に注いだ日射は90%が吸収されてしまう。晴れた日に黒いシャツを着るのと同じで、気温がより上昇してしまうのだ。
また海氷は、氷点下に冷え込んだ空気と、それよりは温かい海水を、断熱板として隔てる役割を果たしている。海面を覆う氷がなくなれば、大気が海の熱によって温められる。風呂に蓋(ふた)をしなければ、浴室が暖まるようなものだ。これらの要因で北極の気温上昇が進み、気温が上がればさらに海氷が融けて気温が上がる。まさに気温上昇の悪循環が、地球最大の温暖化を北極にもたらしているのである。
「温暖化」なのになぜ冬に寒波が来るのか?
北極圏の面積は地球全体の4%に過ぎない。しかしそこで起きている気候変動が、日本を含む世界の気候にインパクトを与えている。たとえば、温暖化が叫ばれる近年、冬になると頻繁に豪雪が報じられるのはなぜか。昨年2022年12月にも、新潟県で大雪による大渋滞が発生した。その原因が北極の温暖化にあると考えられている。普段は偏西風ジェット気流によって閉じ込められている寒気が、北極の気温上昇で蛇行するようになった気流に沿って日本まで南下するのだ(図6)。同じ原因で、米国も寒波や猛吹雪に襲われるようになった。(続く)
※大西洋の南北方向を流れる海洋システム(AMOC)は、地球全体の気候に影響力を持つとされます。近年はそのAMOCが弱まっており、そう遠くない未来に停止して地球環境が激変するとの指摘もあります。地球温暖化による氷河・氷床の融解がその原因となっていることを杉山慎氏(北海道大学 低温科学研究所 雪氷新領域部門教授)に(下)で解説していただきます。
北極の温暖化と悪循環のメカニズム◆「早ければ2025年に」は本当か? (下)
注1.Chylek, P. et al. (2022). Annual mean Arctic Amplification 1970–2020: Observed and simulated by CMIP6 climate models. Geophysical Research Letters, 49, e2022GL099371. https://doi.org/10.1029/2022GL099371
注2.気象庁プレスリリース「令和4 年冬の天候の特徴とその要因について」2022年3月14日、https://www.jma.go.jp/jma/press/2203/14b/kentoukai20220314.pdf