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ド派手な衣装でお茶を楽しむ?異色の「野点屋さん」が生まれたワケ【時事ドットコム取材班】

2023年11月13日11時00分

 リヤカーで陶芸窯とガスコンロを引き、路上や公園でお茶を楽しむ「野点(のだて)」を開いて約30年。「ゆっくりしてってな」。柔らかな関西弁とド派手なファッションで集まった人達を魅了する異色の「野点屋さん」に話を聞いた。(時事ドットコム編集部 斉藤大)※末尾に動画があります

 【時事コム取材班】

子どもも黙るド派手な装い

 「お待たせしましたー」。穏やかに晴れた10月の土曜の昼下がり、東京都台東区の住宅街に、虹色の傘を差した「きむらとしろうじんじん」さんが姿を現した。赤のドレスを身に付け、顔には過剰なまでのアイメーク。その装いは「ドラァグクイーン」と呼ばれるもので、スキンヘッドの頭の上には「茶せん」が載っている。

 身長は190センチ。さらにヒールの高いブーツも履いているのだから、いやが上にも目立つ。小さな男の子が「じんじんさーん!」と走り寄って来たが、近づくと黙り込んでしまった。存在感に圧倒されてしまったか。身をかがめたじんじんさんが「おー、来てくれてありがとな」と声を掛けると、その顔に笑みが戻った。

「見ているだけで飽きない」

 じんじんさんの野点は、近隣住民ら参加者が絵付けした素焼きの茶わんをその場で焼き、完成した茶わんで抹茶を楽しむというイベントだ。参加者は、リヤカー近くに設置されたテーブルで素焼きに釉薬(ゆうやく)を塗る。「色を重ねて塗っても面白いですよ」「あの店がおいしかった」。おしゃべりしながらの絵付けが終わると、うちわ作りをしたり、パフォーマーによる創作ダンスを見たりして、焼き上がりを待つ。

 さまざまな形の茶わんは「楽焼」という手法で焼き上げられる。ガスバーナーの炎で約40分。窯から出した後は「いぶし」と呼ばれる工程を経て、水に漬けてすすを払い、磨き上げる。出来上がりは瑠璃色だったり、焦げ茶色だったり、素焼きの状態とは全く異なる姿をしている。「見ているだけでも飽きないのよね」。窯出し作業をじっと見詰めていた高齢女性の一言に、じんじんさんは「最高の褒め言葉」と笑った。

 作業が一段落したところで、じんじんさんはリヤカーの後ろに回り、お茶をたてた。参加者は、それぞれの茶わんの出来をほめ合いつつ、抹茶とお菓子を楽しむ。ふと通り掛かった女性が、ギョッとした表情をして急ぎ足で去っていった。きっと、じんじんさんの姿に驚いたのだろう。中年の男性は笑顔でカメラのシャッターを切っていた。

「感激」と話す25年ぶりの参加者も

 会場となったのは、海外からの訪日客が行き交う浅草駅から1.5キロほどにある、神社に隣接した生活道路。かつて「山谷」と呼ばれた日雇い労働者の街の一角だ。今も簡易宿泊所が残るが、マンションやビジネスホテルも増えてきている。

 イベントは、アート活動に取り組む一般社団法人「谷中のおかって」が企画した。2015年から福祉団体やアーティスト、東京芸術大の学生らと連携しながら、山谷にじんじんさんを招いており、代表の渡辺梨恵子さんは「野点はゆるやかに多様な人が立ち寄れる仕掛け。同じ場所でも毎年違う交流や風景が見えてくる」と魅力を語る。

 この日の来場者には、「じんじんさんの野点は25年ぶり」と話す女性もいた。ブックデザイナー田中ひろこさんは美大生だった1998年、神戸市でのイベントでじんじんさんに出会った。「一見、奇抜だけど、周囲の人を巻き込むスタイルに打ちのめされた」と田中さん。「将来を模索していた時期に『自分には何ができるのか』と考えるきっかけになった。今も続けていることに感激する」と、久々の再会を喜んだ。

きっかけは友人からの「汚い」

 普段、じんじんさんは大阪市内の小学校跡地を利用した、陶芸や木工などの「作業場」を運営している。毎年秋に、特注のリヤカー「焼立器飲茶美味窯付移動車」と共にツアーに出発。今秋は、東京の他、青森や大阪、鳥取、岡山、高知を回る。会場は路上や公園、商店街、川沿いの空き地などさまざまだ。開催場所や形式は、それぞれの土地で「事前説明会」や「お散歩会」を行い、住民らと相談して決めるといい、「地元の人と一緒に場所を探すことで、野点の場がいろんな人を受け入れられる空間になる」と話す。

 1967年生まれ、新潟育ち。京都で浪人生活を送る中、ふらっと見学に行った陶工訓練学校で職人の卵たちに出会った。「作業する姿がめちゃめちゃ格好良かった」。京都市立芸術大に進学し、大学院まで6年間、陶芸を学んだ。

 しばらく陶芸から離れ、HIV・エイズに関する啓発活動やインディペンデントのアートセンターの運営に関わっていた時、「野点の風景が思い浮かんだ」と語る。95年に京都市内の路上でゲリラ的に野点を開催。最初は「友人たちと路上で一騒ぎ起こす愉快犯的な喜びの方が大きかった」という。

 あるイベントで、ドラァグクイーンの姿で舞台に立つ友人らから「なんか汚い」と言われ、その場にあった油性フェルトペンと筆ペンで顔をメークされたそうだ。「友人らは本当に美しくて魅力的だった。自分もちゃんとしなければと思った」とじんじんさん。次第に、人目を引くファッションが確立されていたという。

自分では言わないけど…

 陶芸家、美術家、アーティスト…さまざまな肩書で呼ばれるが、自身は「野点屋さん」を名乗る。30年近くで約350回を開催。1万個以上の茶わんを焼いてきたが、「やるたびに、まだ見たことのないような色や模様が出てくる」と目を輝かせる。

 じんじんさんの野点の場は、出入り自由だ。「『つまらん』と思ったら立ち去れることが大切」。茶わんの絵付けに熱中する人、スタッフとのおしゃべりを楽しむ人、じんじんさんの姿が気になって近づいてくる人。通りすがりに「何してるんだ」と怒る人もいれば、焦げ臭さに火事かと思ってのぞきに来る人もいるという。「僕はその日、その場所で起こる感情の動きを含めた風景全体が好きなんです」

 「一期一会」は茶道に由来する言葉だという。「あまりにも大仰な言葉だけど、きっと千利休(茶の湯を大成した茶人)は、こういうことを言ってたんだろうなと思います。でも、人生訓を垂れるようにはなりたくないから自分では言わないけど」。素顔のじんじんさんが、照れ笑いを浮かべて語った。

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