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熱量と思い伝える「書」、魅力伝えたい 書道家・青柳美扇さんに聴く【インタビュー】

 4歳で習字を始めて、今では、フランスや米国など10カ国以上で書道パフォーマンスを披露するなど、「書」の魅力を発信し続ける書道家でアーティストの青柳美扇さん。このほど新著『毎日、ポジティブ。』(ぴあ)を上梓した美扇さんは、NHKEテレ『にほんごであそぼ』へのレギュラー出演のほか、5月には世界遺産・高野山金剛峯寺に書を奉納、さらには、ゲーム内のロゴの作成やスポーツイベントでのパフォーマンスと、忙しい日々を送っている。そんな美扇さんに書道の魅力を聞いた。(時事通信大阪支社 小澤一郎)

書道と書道パフォーマンス

「書道が大好きすぎて、紙に書くことに収まらず、『伝統と革新』を大事に、いろんなことにチャレンジしています」という美扇さん。中でも、大勢の観衆の前で音楽に合わせながら大きな紙に文字を書いていく「書道パフォーマンス」は、書く際の振り付けなど、文字の美しさだけにとどまらない表現力が問われ、最も華やかな活動だ。

 筆で文字を書くという行為自体は書道と同じだが、「書道は1人で自分と向き合って、作品と対話しながら完成したものを出す。書道パフォーマンスは、出来上がっていく過程を見せるっていうものなんです」と、一般的な書道との本質的な違いを説明する。

「よく音楽に例えるんですけど、書道は、レコーディングのような感じで何度も撮り直して、一番美しい状態のものを世に発信する。書道パフォーマンスは、歌手のライブのように会場を巻き込んで一体となってその時にしか出せない表現をするものです」。お城や海外のイベントなどで日本らしさを強調するため、甲冑を着て書くこともあるという。

 習字と書道を分けるものは何か。「お習字は小学校の授業のようなイメージで、文字を美しく早く正確に書くことが目的。書道もそれを基本としながらも、一歩先へ行き、もっと芸術性を高めるものと考えてます」

大学での出会い

 書道を極めるため大学の専門コースに進んだが、その将来像は「書道の先生になるのかな」という漠然としたもの。そんな美扇さんが書道パフォーマンスに出会ったのは、大学2年の時だった。

 教授に頼まれ、部員2人だけで廃部寸前だった書道部の部長に就任した。それからの美扇さんの奮闘ぶりは、熱血で有名な元プロテニス選手にちなんで「松岡修造」とあだ名されたほど。そして、部員集めのためにまずは目立とうと、たまたま見つけた書道パフォーマンス大会に出場することに。

 大勢の人々が見守る中でのパフォーマンスは美扇さんをとりこにした。そしてその情熱が周囲に伝わったのか、書道部員も20人以上に増えたという。

「今まで自分と向き合う『書道』しか知らなかった自分が、書道パフォーマンスに出会って、大学生活が変わりましたね。この活動をきっかけに、書道の先生よりも書道家として生きていきたいと思いました」

 今では、最新の仮想現実(VR)の中で球体上に文字を書くパフォーマンスを披露したり、人気ゲーム「モンスターハンターライズ」(CAPCOM)の筆文字ロゴを担当したりするなど、多彩な方法で書道の魅力を発信している。

「モンスターハンターライズ」では、モンスターのラフ案を参考に、登場する全モンスターの名前も書いた。「まがまがしく書いたり、格好よく書いたり、いかつく書いたり。筆書きは、モンスターのイメージに書を合わせやすいようです」。ゲームやアニメの仕事を依頼された時は驚いたものの、海外への発信にもなって今ではやりがいを感じている。

 今年5月には密教の聖地・高野山金剛峯寺(和歌山県高野町)の「宗祖弘法大師御生誕1250年記念大法会」で揮毫(きごう)を行い、NFT(非代替性トークン)技術を使ったデジタルアート作品「般若心経」も奉納した。

 これはTBS系のドキュメンタリー番組『情熱大陸』に出演した際、「お大師さま(弘法大師)の書が大好きなんです」と言ったことがきっかけで声がかかり、「毎年、高野山の競書大会に作品を出していた」という美扇さんが二つ返事で引き受けたという。

「できません」は嫌い

 伝統的な書道の枠を越え、さまざまな挑戦を続ける美扇さんにとって、これまで一番難しかった仕事は、2020年1月1日に開催された第99回サッカー天皇杯決勝の前座で行われたパフォーマンスだったという。6万人近い観衆の前で、勇壮な太鼓の音に合わせて「神戸」「鹿島」と対戦チーム名を書き上げた。背丈よりも高い大きな面にそれぞれのチーム名を書き、移動し、曲の終わりと同時に一礼するまでの動きがすべて秒単位で決まっていた。

「『できません』というのは嫌い。『なんとかできます』と言ってがんばります」というほどの負けず嫌い。パフォーマーとして、「美しく、格好よく書くのはもちろんですが、エンターテインメント性、舞台の演出として求められるスキルも重視しています。そのためにトレーニングを重ね、対応できるようにしているんです」と日ごろの鍛錬の大切さを強調する。

 これらの努力は『にほんごであそぼ』にも生かされているという。番組冒頭で、その日のテーマになる言葉を書くが、どんなに画数が多くても、55秒以内で書き上げることが決まっている。「求められるスピードを守りつつ美しさ、クオリティーを維持しないといけない」。

 そんな美扇さんが自身、大切にしている言葉を選んだ作品集が『毎日、ポジティブ。』だ。

「一期一会」「くやしい! その想いでまた強くなれる」「まずは自分から」など、「日々実践していることなど、私をつくってきた50の言葉を選りすぐった」言葉と、その言葉への思いを込めた文章で構成している。「筆文字が持つパワーと私のメッセージが詰まっています。しんどい気持ちの時に読んでもらえれば、元気になってもらえると思います」。

活字にはない温かみ

 デジタル化が進み、手書きで文章を書く自体もめっきり少なくなった現代、あえて手書きの書道をアピールすることにどんな意味があるのか。そんな疑問を美扇さんにぶつけると、「手書きには、活字にはない温かみや思いがしっかりこもります。上手、下手はあんまり関係なく、相手のことを思って書く時間っていうのも、手書きならではです。書道は昔から日本にあるものですし、インパクトもある。メッセージを強く伝えたい時にすごく効果的ですよ」と教えてくれた。

 手書きの手紙はもとより、本格的な書道を始めるとなると、心理的なハードルはさらに高くなりそう。しかし、美扇さんは「もっと身近に感じてほしい。紙を出して墨をするのは、時間も準備も大変ですが、例えば若い女性にとって、書道がネイルをするのと同じぐらいおしゃれって思われるようになったらいいな」と書道の魅力を伝えようという情熱を見せる。

「今は何でもデジタル。本をiPadで見るのもいいけれど、私はやっぱり紙を触って読むのが大好き。アナログが見直される時代はやってくると思っているので、書道がもう一度盛り上がるんじゃないかな。そうなるように私も頑張ります」

◇  ◇  ◇

青柳 美扇(あおやぎ・びせん)1990年生まれ、大阪府出身。梅花女子大学卒、同大学院修士課程修了。「伝統と革新」を両立させた書道の新しい魅力を伝えるため、国内外で書道パフォーマンスを披露するとともに、個展の開催にも力を入れる。
(2023年11月18日掲載)
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