トルコは世界有数のハイパーインフレ国家だ。あらゆる物の価格が急上昇する中、特に市民へのインパクトが大きいのは家賃で、最大都市イスタンブールでは過去2年間で3倍以上に急騰した物件も珍しくない。市民の悲鳴を受け、家賃の引き上げ幅を年間で25%に制限する法律が2022年6月に施行されたが、大家の多くは「インフレ率を大きく下回る値上げ幅にとどめられるわけがない」と訴え、法律を無視。借り手と大家の間にトラブルが絶えず、殺人事件に発展したケースもある。(時事通信社イスタンブール支局 吉岡良、ハジェル・セズギン)
滞納していないのに退去
国が発表する消費者物価指数(CPI)の上昇率は、22年10月に前年同月比85%超にまで達した。「落ち着いた」とされる現在も約50%の高水準で推移している。これでも過小評価が疑われ、実際のインフレ率は発表の2倍以上あると、地元エコノミストはみている。
イスタンブールで不動産業を営むフルカン・コユイェシル氏によると、イスタンブールで大小含む全ての賃貸物件の平均家賃は約1万5000リラ(約8万円)ほどだ。日本の家賃相場と比べるとさほど高くないように映るが、コユイェシル氏は「2年前は平均で約6000リラ(約3万2000円)だった。人気の地域では3倍から4倍にもなっている」と指摘し、伸び率が異常に高いことを問題視する。
家賃が急騰する中、貧困層はもちろんのこと、定職のある若い世代も満足に住まいを確保できていない。大手通信会社でエンジニアとして働く女性(28)は22年4月、イスタンブールの中心部に月額6000リラの家賃で部屋を借りた。家賃を滞納せずに支払い続けていたが、23年に入ると大家から「出て行ってくれ」と通告された。なぜ追い出されたのか。
ルームシェアで負担軽減
このとき、周辺の同じような物件の家賃が月額2万リラほどに急上昇していた。上昇幅を25%に制限する法律に従って、家賃を25%(1500リラ)引き上げてエンジニアの女性に貸し続けるよりも、契約を打ち切って別の人に貸す方が圧倒的に得をすると、大家が判断したという。
この女性は4月、中心部から離れた不便な場所に部屋を見つけて引っ越したが、それでも家賃は月額1万4000リラ(約7万5000円)。エンジニアの月給は2万2000リラ(約11万8000円)で、1人暮らしだと給料の6割強を家賃に充てなければならない。「妹と一緒に暮らして家賃を半分にすることで、なんとかしのいでいる」が、現在の借家も賃料がさらに上昇しそうな気配で、厳しい状況は続く。
政策転換で大家も苦境
一方、大家側も苦境に追いやられている。というのも、エルドアン政権が5月の大統領選前までインフレを度外視した低金利政策を採用していたため、大家らは金融機関から資金を積極的に借り入れて不動産を購入。転売したり賃貸に出したりし、利益を得てきた。
ところが大統領選後、政府は深刻な財政悪化を考慮して急きょ金融引き締め路線に転換した。政策金利は6月から3カ月連続で引き上げられ、8.5%から25.0%まで急上昇。金利の上昇に伴って大家らの借金が膨れ上がるのは避けられない状況で、25%の値上げ制限を無視する背景ともなっている。
また、大幅な値上げを要求された借り手が裁判で大家を訴える事例も急増している。退去を拒む入居者に対して大家が強硬措置を取り、暴力沙汰になることも日常茶飯事だ。家賃を巡る言い争いから、入居者が大家に殺害される事件まで起きた。
子どもの目前で銃殺
地元の報道によると、大家に殺害されたのはイスタンブールのガジオスマンパシャ地区の集合住宅に15年間暮らしてきたフセイン・アサルさん(43)。7月18日、家賃の値上げを巡って大家の男と口論した後、子どもをスポーツジムに連れて行く際、住宅前の通りで大家と出くわして再び言い争いとなり、銃で撃たれた。アサルさんの子どもが自宅の窓越しに、父親が殺害される様子を目撃していたという。
大家は逃走したが、3日後に逮捕された。身柄を拘束された際、凶器の銃を所持しており、「口論の中で(自身の)妹のことを侮辱され、カッとなって発砲した」と供述した。
家賃の急騰は、借り手にとっても大家にとっても深刻化の一途をたどっている。借り手の利益が大家の不利益、あるいはその逆になる構図となっているだけに政府もなかなか対応を打ち出せず、手をこまねいているのが現状だ。(了)
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