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『トスカ』に恋して… ローマ歌劇場日本公演に出演するソニア・ヨンチェヴァさん【インタビュー】

2023年09月19日07時00分

 ミラノ・スカラ座と並ぶイタリア二大劇場の一つローマ歌劇場の日本公演が13日、始まった。歌手や合唱団、オーケストラ、そして舞台装置と劇場全体が丸ごと来日する本格的な“引っ越し公演”だ。ヴェルディの『椿姫』に続いて、17日から始まるプッチーニの『トスカ』に出演する世界的ソプラノ歌手、ソニア・ヨンチェヴァさんに話を聴いた。(音楽評論家・渡辺和彦)

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いつも神と向き合うトスカ

─ヨンチェバさんは今回の公演でも上演される『椿姫』の主人公ヴィオレッタと神の関係と、『トスカ』でのトスカと神の関係ははかなり違うとのお考えのようですね。

 ヴィオレッタは高級娼婦です。(アレクサンドル・デュマ・フィスによる)原作でもそうでしたが、ヴィオレッタは「自らの存在そのものが罪深い」という罪の意識を常に持っている人物です。その点トスカは誇り高い歌姫として描かれています。ですからから出発点が大きく違うのです。トスカと神との関係性はこれまでも頻繁に議論されてきましたし、とても大切だと思います。プッチーニはもちろん、作曲家はみな作品を書いている時、自分と神との関係をいつも意識していると思うのです。トスカは自分がぎりぎりの地点に追い詰められると、いつも神に祈ります。そして最後に「神の御前で!」と叫びつつ自ら死を選びます。彼女はいつも神と向いあっているのです。

─第2幕、トスカは警視総監スカルピアに陥れられて関係を迫られ、ついには殺してしまいます。その直前に歌われる有名なアリア『歌に生き、愛に生き』にも神が出てきます。そしてトスカはスカルピアの死体のそばに燭台を並べ、胸の上に十字架を置きます。

 燭台の場面では、彼女の誇り、恋人への強い愛、そして殺人を犯したことなどの心の揺れがプッチーニの楽譜に正確に全て書いてあります。「灯りが彼女を照らした」ということまで書いてあり、その時の音楽はその通りになっているのですよ。たとえ文字に書いてなくても、音楽はまさにそのように鳴っています。トスカを歌う歌手はここで女優になるのです。そしてここでも神に問いかけます。

作曲者の意図を大切にしたい

─最近は話題性を高めるためか映画など別の世界の人に演出させることがトレンドになっていますね。

 私も頭を下にして、逆立ちのような格好で歌わされたことがあります。私たちは何年もかけて勉強し、お腹からの呼吸で歌うことを心掛けてきました。普段から体の柔らかさを保ち、そのような演出にも対応する努力をしていかなければなりません。

─クライマックスで恋人を失ったトスカは絶望のあまり城壁から飛び降りるのですが、火の鳥になって復活するという演出も見たことがあります。

 私はその舞台を見ていませんので断定はできませんが、私の解釈とは異なっています。トスカは最後の場面では全てを失っており、さらに殺人まで犯しているのです。私が演出家ならばここではさらに彼女の人間としての“内面の死”を考えます。つまりハッピーエンドの幕切れは考えられません。しかもこの作品は(現実的な世界を描いた)ヴェリズモ・オペラなのです。プッチーニが楽譜に書いた通りに歌い、演じることを大切にしたいと思います。

息子の将来は本人に任せたい

─ブルガリアのご出身ですが、オペラ歌手を目指されたきっかけを教えてください。

 6歳ごろからピアノを始めていましたが、15歳の時に突然、オペラを鑑賞した時、この世界で生きて行こうと思いました。実はその時見た演目が『トスカ』だったのです。トスカという役柄に恋をしてしまいました。バロック・オペラから勉強を始め、音楽史の勉強を通じて楽譜を読むことの大切さ、そして時代によって歌の様式が違うことなどを学びました。そしてレイニ・コイチョバという先生に師事している時、「あなたにとってブルガリアは小さすぎる。もっとイタリア、フランス、ドイツなど世界的な場所に行って学びなさい」と言っていただきました。実はコイチョバ先生は今、神戸で教えていらっしゃいます。昨年7月に私が初来日公演をした際も来てくださいました。本当に久々の再会で、信じられないくらいうれしかった。今回も来ていただける予定で本当に楽しみです。今後はドイツの作品に挑戦してみたいですね。ワーグナーとかシュトラウスなどです。

─息子さんが小学生だった頃、「ヒーローは誰なの?」と尋ねたところ、「プッチーニ、ヴェルディ、モーツァルト」と答えたとか。さすが音楽家の両親を持つ息子さんですね。今回は同行されていますか。

 夫も音楽家なので、二人とも家を留守にすることが多いのです。一時は子どもたちをツアーに連れて出ていたこともありますが、途中からやめました。彼らには彼らの人生を歩ませないといけない。あの“名言”を述べた息子は今、ピアノを習っていて、私の舞台も見せるようにしています。子どもの時から劇場に出掛けたり、演奏会に足を運んだりするのは大切です。ただ私としては彼が音楽家ではなく、建築家や料理のシェフになってもいいのです。人に対する尊敬を忘れない大人になってほしいですね。

◇  ◇  ◇

 17日、横浜市の神奈川県民ホールで始まった舞台のヨンチェヴァさんは、太く迫力ある声と高度な演技力を存分に発揮。第2幕のアリア『歌に生き、愛に生き』は歌い出しから強く聴き手の胸に迫ってきた。そしてそこから先は女優に変身していった。共演した恋人カヴァラドッシ役のヴィットリオ・グレゴーロさん、スカルピア役のロマン・ブルデンコさんも納得の出来。『トスカ』で主要キャスト3人にほとんど穴がない上演は本当に珍しい。ミケーレ・マリオッティさん指揮、ローマ歌劇場管弦楽団も事前の期待値を大幅に上回る雄弁さで、これにも驚かされた。古典となったフランコ・ゼッフィレッリ演出を踏襲したリアルな教会内部や城壁の再現、無駄のない人の動きも見もの。今後、ローマ歌劇場の『トスカ』は舞台を東京文化会館に移し、公演は21、24、26日と続く。

(2023年9月19日掲載)
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