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動物と話せる日が来る?世界初「シジュウカラ博士」が挑む道【時事ドットコム取材班】

2023年09月07日10時00分

 動物は何を話しているのか。その謎に迫る「動物言語学」の研究室が2023年4月、東京大先端科学技術研究センターに世界で初めて誕生した。率いるのは、シジュウカラを研究し、世界に先駆けて動物が言語を持っていることを実験で証明した鈴木俊貴准教授(39)。どんな研究をしているのか、開設したばかりの研究室を訪ねた。(時事ドットコム編集部 横山晃嗣

 【時事コム取材班】

がらんどうの研究室、そのわけは…

 「4月に研究室ができたものの、ずっと出張していたので物がほとんどないんです」。7月4日の昼下がり、鈴木准教授は机といすしかないがらんどうの研究室内を案内してくれた。

 シジュウカラは、頭から尾までの体長が13.5センチ前後で、重さ15グラム前後。頭と翼は黒っぽいが、頬は白く、胸から腹に黒いネクタイのようなもようが付いている。山間部だけでなく、市街地にも生息し、春から夏にかけて繁殖期を迎え、産卵や子育てを行う。その時期の親鳥やひな鳥が使う言葉を研究するため、5月中旬から6月中旬まで長野県・軽井沢の山林にこもっていたという。「鳥が群れを作る10~12月ごろも軽井沢に行きます。1月や2月にも行くことがあるので、行かないのは9月と3月くらい」と笑う。

 フィールドワーク中は、シジュウカラの鳴き声で一日が始まるそうだ。「春は、早いときは日の出くらいに起きて、午前5時から午後7時すぎまで、だいたい森の中にいます。鳥に休みはないから、フィールドワークにも休みはなし」。双眼鏡を手に、仕掛けた巣箱を巡る。「大変な作業はたくさんあるけれども、研究をやっていて苦に思ったことは一回もない。毎日毎日、面白い発見があります」と語る。

出会いは学生時代、ふと浮かんだ考え

 鈴木氏がシジュウカラに興味を持ったのは、大学の理学部生物学科の学生だったころ。「ツピツピ」「チカチカ」。他の鳥と比べても多彩な鳴き声を持つシジュウカラに引かれた。

 毎年のように軽井沢に通い、さえずりに耳を奪われているうち、ふと、ある考えが頭に浮かんだ。鳴き声と行動に何か法則があるのか? 鳴き声にも人間の言葉のようなルールがあるのかもしれないー。「シジュウカラ語」の解読に挑むスタート地点だ。

「解読法」見つけた功績

 以来十数年。鈴木氏が高く評価された成果の一つに、「見間違い」を利用した鳴き声の解読法を編み出したことがある。その解読法とはいかなるものか。シジュウカラ語で「ヘビ」を指すという鳴き声「ジャージャー」を例に教えてもらった。

 鈴木氏や発表論文によると、シジュウカラはヘビを見ると、ジャージャーと鳴く。そこで、野生のシジュウカラに、録音したジャージャーという鳴き声をスピーカーから流して聞かせたところ、シジュウカラは、ヘビを探すように地面を見下ろしたり、木の穴に近づいたりしたという。

 次に行ったのが、約18センチの小枝を、ヘビが木を登ってくるかのように動かす装置を使った実験。小枝を動かしならジャージャーという録音を流すと、シジュウカラは、しきりに小枝を気にし、小枝をへびと「見間違え」たようなそぶりを見せた。一方、ほかの鳴き声を聞かせて小枝を動かしても目立った反応を示さなかった。

 小枝を地面で引きずってヘビが地をはうように動かしたり、低い木の上で揺らして普段ヘビがしないような動かし方をしたりする実験も実施。時期を変え、場所を変え、数十羽に繰り返して、「ジャージャー=ヘビ」という名詞だと特定した。意味を確定させるまでにおよそ10年を要したという。根気のいる作業だったが、この手法には大きな可能性があった。ほかの動物の鳴き声の意味の特定にも、応用が利くかもしれないー

動物と会話できる世界は訪れる?

 野生動物の鳴き声の解明に光を差す手法を編み出した鈴木氏は「シジュウカラ語」の組み合わせにルールがあることも確認している。動物の鳴き声に文法があることを証明したのも、世界初のことだ。鈴木氏によると、「ピーツピ=警戒せよ」と「ヂヂヂ=集まれ」を組み合わせた「ピーツピ・ヂヂヂ」は「警戒しながら集まれ」になるが、順番を変えた「ヂヂヂ・ピーツピ」では意味が通じないという。

 そんな鈴木氏は、それまで動物の鳴き声研究の中心にあった「動物行動学」に、言語学や認知科学の知見を融合させた「動物言語学」を提唱。22年8月にスウェーデンのストックホルムで開かれた国際行動生態学会で研究を呼び掛け、23年には、国際的な科学誌で、チンパンジーの鳴き声にも文法がある可能性が報告された。

 研究が進めば、いずれ、童話の世界のように、人間と動物が会話できる日が来るのだろうか。

 「音だけでは無理でしょう。動物も人間と同じような、音声言葉を持っていると考えるのは人間中心的な思い込み」と鈴木氏。「ペットの犬の気持ちが分かる」というのは、飼い主が鳴き声のほか、犬の身ぶりや表情を無意識に分析しているからだそうだ。一方、犬も飼い主が発するにおいの変化などを感じ取っている可能性があるという。「犬も人間も、お互いにそれぞれが持つ知覚能力を駆使してやりとりしている。それが種を超えたコミュニケーションの正しい在り方だと思う」と語った。

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