セドリック・クラピッシュ監督
鑑賞後、踊りたくなる一作
名門パリ・オペラ座バレエ団で主役を踊るバレリーナであるエリーズ(マリオン・バルボー)は、恋人の浮気を目撃したことで心乱れて『ラ・バヤデール』の舞台上で転倒し、大けがをしてしまう。医師からはバレエを踊れなくなる可能性を告げられ、キャリアを断たれてしまったと途方に暮れた矢先のこと。友人の誘いで料理のアシスタントをするためにブルターニュのレジデンス(アーティストの創作活動の場)を訪れた彼女は、思いがけない出会いによって新しい扉を開くことに…。(バレエライター・森菜穂美)
◆主演のマリオン・バルボーさんへのインタビューはこちらから。
『猫が行方不明』『スパニッシュ・アパートメント』などの作品で知られるセドリック・クラピッシュ監督は、長年のバレエファンであり、パリ・オペラ座バレエ団の舞台映像やドキュメンタリーを撮影するなど、バレエの世界を知り尽くしている。本作では、エリーズを演じたパリ・オペラ座バレエ団の現役ダンサー、マリオン・バルボーをはじめ、ダンサー役はすべて吹替なしでダンサー自身が演じて踊り、気鋭の振付家ホフェッシュ・シェクターなど数人は本人役で出演して創作の過程までも見せるなど、本物のダンスを見せることで、虚実入り混じる演出によってリアリティーを感じさせる。
冒頭の15分はクラシック・バレエ『ラ・バヤデール』の舞台をせりふなしで映している。エリーズの舞台上でのアクシデントに至るまでの心理を、恋人に裏切られて死に至ったこのバレエ作品のヒロイン、ニキヤの心情に重ねて繊細に描いた。終盤にはエリーズもダンサーとして踊るシェクターのコンテンポラリー(現代)ダンス『ポリティカル・マザー ザ・コレオグラファーズ・カット』のパフォーマンスを長く映すなど、本物のダンスにこだわった。鍛え抜かれた生身の肉体(原題『En Corps』の日本語訳は「肉体の中で」)が躍動する、自由で野生的なシェクターのダンスの持つ根源的な力で、エリーズが傷ついた心と体を癒やし踊りへと昇華していく様をドキュメンタリーのように見せている。
亡き母にサポートされて幼い頃からバレエ一筋に打ち込んできたエリーズは、ずっと夢見てきたエトワールへの道をたった一つの大けがで断たれてしまう。しかし、傷つきながらもエリーズは決してへこたれない。ブルターニュのレジデンスの女主人ジョジアーヌ、振付家のシェクターやダンサーたちとの出会いは、幸福な偶然もあったものの、ダンスへの強い想いを諦めきれなかった彼女が呼び込んだもの。未知の領域であったコンテンポラリーダンスを恐る恐る踊り始め、少しずつ癒やされていくエリーズ。長年擦れ違ってきた父親の前で、想いをさく裂させたようなダンスを見せるクライマックスは圧巻だ。実際にシェクターのカンパニーでも踊ってきたバルボーのしなやかな身体が舞う様は、生命力と人間味にあふれている。
華麗なパリの劇場、ストリートダンスに興じる若者たちがいるパリの街角、自然豊かなブルターニュの海岸で踊るダンサーたち。ダンスが身近なところに息づいているフランスの風景も魅力的に切り取られている。ここでは、バレエ映画によくあるライバル心や、完璧を目指すゆえの苦悩、痛みなどは描かれず、踊る喜びや友情などダンスのポジティブな面が優しく描かれ、見る者に希望をもたらす。物語があまりにも予想通りに展開するものの、前向きな力に満ちていて、映画館を出たら思わず踊りだしたくなるような一作だ。
※9月15日(金)から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
(2023年9月9日掲載)
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