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オルガンは無差別級の格闘技?? 世界的奏者・福本茉莉さんに聴く【インタビュー】

2023年09月25日08時00分

 ドイツ中部に位置するワイマールを拠点に活躍している世界的オルガニスト福本茉莉さん。男性も少なくないオルガニストの中では身長160センチとやや小柄ながら、国内外の国際コンクールで優勝。その両手両足を鍵盤上で縦横無尽に動かす様子はアスリートのようだ。9月30日の京都コンサートホール(京都市)でのリサイタルを幕開けに埼玉、東京と久々の日本公演が続く福本さんは「自分の演奏が一番面白いと思っている。一緒に巻き込まれて、楽しんでもらいたい」と熱く語る。(時事通信大阪支社 中村夢子)

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一台一台大きく異なる「楽器の王様」

「オルガンはほかの楽器と違い巨大なパイプが必要で、『楽器の王様』とも言われます。もちろん自宅に『マイオルガン』を持つことはできません。下調べはしますが、いざ教会やコンサートホールなどの会場へ行ってみて想定外のことが起こることはよくあります。その状況に対処するため、オルガニストは柔軟な思考力が要求されるのです」。福本さんは、ひょうひょうとした口調で話し始めた。ピアノのような国際規格がないオルガンは、設置場所によって楽器自体の大きさも違えば、鍵盤の幅も位置も違っているという。「風が吹くだけで音が出てしまうオルガンもあれば、全体重をかけても鳴らないようなものもある」とか。一つとして同じ楽器はないのだ。

 どう対処するのだろうか。「オルガンや曲、観客、そして自分のコンディションと対話し、(それらのバランスを取りながら)ベストなパフォーマンスを探っていく。どこまで許容できるかを決めることが大切なのです。私がやりたいことと違っても、楽器がやりたがっている時は、自分が妥協する時もあります。逆に柔軟性を持ちすぎても『自分』がなくなってしまうので良くない」と語る。

 女性である福本さんには不利な点も。「最近は、ドイツ人男性が大きくなっているので、新しく作られるオルガンも大きめなんです。私には手が届きにくく、音も出しにくい。オルガンは無差別級の格闘技のようなものなんです」と笑いながら語る。体格的なハンディに対処するため、体のケアには気をつけているという。「体が固まってしまうと、鍵盤全体に手が届かなくなってしまうので、肩甲骨や股関節周りのほか、上腕二頭筋、三頭筋を伸ばしたりひねったりストレッチが欠かせません」。そう話す福本さんは、インタビュー中も体をしばしばほぐしていた。

『パイレーツ・オブ・カリビアン』のタコ船長がうらやましい

 福本さんはオルガンのある教会などに所属しているわけではないので、練習できる時間も限られている。「一つの公演のリハーサルなどの機会を利用し、その次の次の次の公演の曲まで練習しています。なので、10時間ぶっ続けで練習することもあるんです」と話す。

 そんな福本さんがうらやむのが、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』に登場する悪役でタコの姿をしたデイヴィ・ジョーンズ船長だそう。自分の船の上で感傷に浸りつつ、オルガンを弾く場面が印象に残っている。「自分のオルガンがあるからいつも練習できるし、ニョロニョロした長い手を持っているのでストレッチをする必要もない。自分だったら、あんなゆっくりな曲だけでなく、もって生まれた体形を生かした曲を弾くのに」と笑う。

 オルガンとの出会いは、小学生の時。「ピアノはみんな弾いていたし、音楽室のピアノの取り合いが面倒くさかったんです」と振り返る。そんな中、キリスト教の学校に通っていた福本さんは教会に設置されていたオルガンと遭遇する。「でかくて、うるさくて、キラキラしていて、超格好良い」―一目ぼれだった。

 そして中学、高校でオルガンを弾ける部活動を選択。2005年には東京芸術大学に入学し、本格的にその世界に飛び込んだ。24歳になるとドイツ学術交流会の奨学金の権利を得て、ハンブルグ音楽演劇大学へ留学。翌年には武蔵野国際コンクールでいきなり優勝し、ドイツやイタリアでの国際コンクールでも優勝を重ねた。現在では、世界中でリサイタルを開く一方、ワイマール・フランツ・リスト音楽大学で教会音楽科常勤講師を務めている。

国内最大級のオルガンでの演奏にわくわく

 30日に京都コンサートホールの「第72回 オムロン パイプオルガン コンサート シリーズ」で演奏するオルガンは、ドイツのヨハネス・クライス社製。パイプの総数は7155本で90のストップ数(音色数)は国内最大級だ。福本さんは「ドイツ的な骨太さを持っているオルガンなので、今回演奏するマックス・レーガーの壮大な曲にすごく合っているはずです」と期待を込める。

 同ホールで弾くのは3回目だがリサイタルとしては初めて。「今年は、オルガン史における偉大な作曲家レーガーの生誕150周年。カトリック教徒なのに離婚し、再婚もし、破門された破天荒な人なんです。音楽は繊細さもあるのですが、気がつくと激高もする。日本人では弾ける人が少なく、私の十八番である『序奏、パッサカリアとフーガ』を弾く予定です。一緒に感情の渦に飲み込まれてほしい」といざなう。

◇ ◇ ◇

福本 茉莉(ふくもと・まり)1987年、東京生まれ。12歳でオルガンを始め、2005年に東京芸術大学入学、11年にドイツのハンブルク音楽演劇大学留学。武蔵野国際オルガンコンクール(12年)やニュルンベルク国際オルガン週間コンクール(13年)などで優勝を重ねる。2019年からワイマール・フランツ・リスト音楽大学で教会音楽科常勤講師として後進の指導にも当たっている。

※9月30日に京都コンサートホール(京都市)、11月18日に川口総合文化センター・リリア(埼玉県川口市)でリサイタルを開催、12月2日にはサントリーホール(東京)で東京都交響楽団との協演でサンサーンスの交響曲第3番《オルガン付》を演奏する予定。

(2023年9月25日掲載)
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