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「売れる服」作り、AIが手伝います 企画の「迷い」払拭、アパレルで活用広がる【けいざい百景】

2023年09月20日13時00分

 洋服や靴の製作に人工知能(AI)を活用する動きが広がっている。消費者のデータや好みなどを基に、AIが「売れそうな要素」を抽出。商品の企画・販売につなげている。正解がなく、企画段階から迷いが生じやすい服作りの現場で、AIは力強い味方になっているようだ。一方、AIは「新しいトレンドは取り入れられない」との指摘もある。ファッションの製作現場で、AIと人間の感性の共存がテーマになりつつある。(時事通信経済部 木元大翔)

前例ない新色、AIが提案

 オンワード樫山(東京)は8月、女性向けカジュアルブランド「any SiS」からブラウスとワンピース、スカートなど計5商品の新作を発売した。企画のベースとなったのは、消費者のデータに基づいてAIが分析した「売れる要素」だ。素材や袖の長さ、着用シーンなど服を構成する要素から数万通りの組み合わせを作り出し、さらに人気の高そうなものを提示する。

 今回の新商品「スタンドカラースキッパーブラウス」では「無地、スタンドカラー、ショルダーデザインなし、長袖、ボリュームスリーブ、シルエット特徴なし、ボタン、タック、スリット、きれいめ、上品、オフィス、通勤、仕事」の組み合わせが有力な構成となった。

 こうしたいくつかの構成を基に、マーチャンダイザー(MD)やデザイナーらが検討を重ねて服を形にする。any SiS担当の奥村美幸MDは「従来の企画は前年売れた服やマーケット情報を加味し、『売れそう』という人間の解釈が入ったもの。AIデータはたくさんの人が選んだ情報なので、自信を持って企画を進められた」と指摘する。

 企画のための情報収集は本来、膨大な時間と手間がかかる。議論の末、振り出しに戻ることや、違うパターンの見本を何着も作ることもある。奥村さんは「ぱっとデータで要素をもらえるのはありがたい」と話す。

 新作ブラウスの色の一つには黒を採用した。瀬村知奈美クリエイティブゼネラルマネージャーは「過去の実績から誰も付けようと思わない」とAIの提案に驚きを隠さない。「サイドボタンフレアスカート」にはチャコールグレーという前例のない色合いを採用。新作ではこの色合いが最も売れているという。

プロの決定アシスト

 これらのデータを提供したのは、服や靴などのオンラインショッピングサービスを手がけるDROBE(東京)だ。顧客にインターネット上で回答してもらったアンケートを基に、AIが服の候補を選定し、その中からプロのスタイリストが決定。顧客は試着した上で購入を判断する。現在約20万人の利用者がいるという。顧客の欲しい服や実売データだけではなく、スタイリストの視点で送った洋服も含め、登録情報だけでは浮かび上がらないさまざまなデータが得られる点が特長だ。

 DROBEの山敷守社長は「すべてのお客さまに良い提案ができていない」として、オンワード樫山など取引先と共同でファッション製作を試行してきた。山敷社長は「デザイナーが作りたいものを作るハイブランドは別として、企業デザイナーは売れることも考え、クリエーションもしないといけない」と指摘する。AIで「この要素があれば売れる」という大枠を固めた上で、デザイナーが創造的な付加価値向上に専念できれば良いとの考えもあった。DROBEは「NOLLEY‘s(ノーリーズ)」(東京)、シューズメーカーの「ダニュウ」(東京)などとも協業している。

 DROBEのAIが提供するのは、データを基にした服や靴の企画段階での構成要素で、企画段階での迷いや不安感をある程度払拭できる。前職の百貨店勤務時代にブランドと連携したオリジナル商品製作などを手がけていたDROBEの佐熊陽平執行役員商品戦略統括は「プロなので表情に出さないが、内心は迷っている。バイヤーや企画者のエゴで進めると、誰も望んでいないものが出来上がる場合もある」と振り返り、服作りの手法として広がっていくとみる。

AIで絞るターゲット

 ノーリーズはDROBEのデータを活用し、女性用ブラウスを製作した。ノーリーズの小島直樹副社長は、DROBEが提示した構成要素を見て感心した。店頭スタッフが接客の中で感じていることなどとAIが提案した要素に大きなずれがなかったからだ。小島さんは「一番売れているブラウスのデザインにカジュアルの要素が入ったものだった。通年着られ、納期を気にせず作れた」と語る。このブラウスは発売後約1カ月半で完売したという。

 白いスニーカーを製作したダニュウの西野承之リテール事業部本部長は「AIの提案通りに作ったら、めちゃくちゃシンプルなスニーカーができた」と話す。上位に提示された要素は「キャンバス、フェミニン、厚底/フラット、ローカット、幅広」などだ。

 フェミニンは女性らしさを示し、靴底は薄いことが多い。この点でAIのデータには矛盾が生じた。こうした点を人が修正しながら、データに忠実に作り上げた。神保美里リテール事業部営業アシスタントは「顧客の声やAIに忠実に作った1足が実現したのが驚き。AIを使わなければそこまでシンプルにはならなかった」との見方を示す。

 このスニーカーは実店舗ではなく、DROBEを通じたオンライン通販だけで取り扱う。DROBEのデータを活用した商品が顧客層に受け入られやすくなっており、売れ行きも好調という。神保さんは「高い顧客満足度を得るならターゲットは絞った方がいい」と強調する。

トレンドはつくれない

 ただ、山敷社長は「AIには限界がある」とも語る。AIは方向性を示すもので、その先の創造の部分には人間の感性が不可欠との考えだ。山敷社長は「新しいトレンドは取り入れられない。AIだけで服作りが完結することはない」と言い切る。

 any SiSの奥村さんも「トレンドを提案するブランドでは合わないと思う」との見方を示す。any SiSが販売する通勤やオフィスカジュアルとして着る服には、AIのデータ分析をベースにした作り方が合っていた。瀬村さんも「データにはトレンドはつくれない」とみる。

手堅くヒット、好循環期待

 山敷社長は、国内アパレル業は百貨店ブランドやショッピングセンターの店舗で販売する「ミドル層」が厚く、肝心だと分析する。前年売れた服だから今年も作るという姿勢では尻すぼみになってしまい、挑戦を試みて売れ行きがさえないと利益へのダメージが大きい。こうした状況を打開するため、最低限の売れる要素を備えた服作りの重要性を説く。

 山敷社長は「AIは販売の『大外し』をなくしてくれる」とし、AI活用が業界に好循環を生み出すと期待する。今後、DROBEのようなサービスを展開する企業が増える可能性もあり、AIによる新しい服作りが業界で浸透するかもしれない。

(2023年9月20日掲載)

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