会員限定記事会員限定記事

需要不足が解消、デフレ脱却は? 経済対策は人手不足課題 【けいざい百景】

2023年09月13日13時00分

 内閣府は1日、日本経済の潜在的な供給力と実際の需要の差を表す「需給ギャップ」が今年4~6月期に3年9カ月ぶりにプラスとなり、需要不足が解消したと発表した。この指標は1990年代半ば以降、日本経済の低成長の要因となってきたデフレから脱却するため政府が重視する指標の一つで、今後政府がデフレ脱却を宣言するかが注目される。需要不足は近年、政府が経済対策で大型の需要刺激策を実施する理由付けとなってきたが、需要超過の局面になれば取り組むべき課題も変わってくる。(時事通信経済部 岩嶋紀明)

需給ギャップとは何か

 需給ギャップは、日本全体の需要の総量と、モノを作ったりサービスを提供したりするための労働力や機械設備などの供給力の総量の差を示す指標だ。この差がプラスであれば需要の方が供給を上回っており、物価が上昇しやすくなる。逆にマイナスになると需要が供給力を下回っていることを示し、物価は低下しやすくなる。

 需給ギャップは内閣府と日銀が定期的に発表する。算出手法はそれぞれ異なり、内閣府では、実際に公表されたGDP(国内総生産)と、供給力の総量として推計される潜在GDPとの差として計算される。

 内閣府が今回推計に用いた2023年4~6月期実質GDP速報値は、前期比年率換算で6.0%増と高い成長率を示していた。需給ギャップは1~3月期のマイナス0.9%の需要不足からプラス0.4%の需要超過となった。金額に換算すると年2兆円程度需要が上回ることになる。

 需給ギャップは消費税増税後の19年10~12月期にマイナスに転じ、以後新型コロナウイルス禍もあって需要不足の状況が続いてきた。今回19年7~9月期以来15四半期(3年9カ月)ぶりにプラスに転じた形だ。

デフレ脱却?

 需給ギャップは政府がデフレ脱却に向けて注視する指標の一つだ。06年に内閣府が参議院予算委員会に示した資料で、デフレ脱却の定義について「物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと」と説明。その際、消費者物価指数やGDPデフレーター、単位当たり労働費用、需給ギャップを考慮する指標に挙げた。内閣府はこれらの指標のみでデフレ脱却を判断するものではないが、今回需給ギャップがプラスとなったことで、形式的には4指標すべてがプラスとなった。

 今後、デフレ脱却を政府が宣言するかが注目されるが、後藤茂之経済再生担当相は5日の記者会見で海外経済の下振れリスクや賃金上昇が持続的かを考慮する必要があると指摘した上で、「現時点で今後マイナス圏内に再び後戻りする見込みがないと判断できる状況とは言えない」と慎重な姿勢を示した。

 8日に発表された4~6月期実質GDP改定値は年率4.8%に下方修正されたため、再計算された需給ギャップが再びマイナスに陥る可能性もある。内閣府幹部は「まだデフレ脱却に至っていないというのが現状の公式な立場だ」と述べる。

人手不足課題に

 再びマイナス圏に入る恐れがあるとはいえ、需給ギャップがいったんプラスに転換したことは岸田文雄首相が表明している経済対策に向けた議論にも影響を与える。コロナ禍の3年間で毎年度30兆円を超える巨額の補正予算が組まれ、その合計は141兆円にも上る。事業にはGoToトラベルなど大型の需要刺激策が含まれていた。こうした巨額の補正予算の議論を進める際の材料の一つとされたのが需給ギャップで、需要不足を埋める必要があるとのロジックが多用された。

 目下検討が進められている経済対策に向けても、需給ギャップ公表前の8月には、自民党の世耕弘成参院幹事長が記者会見で需要不足を念頭に補正予算の編成を求める発言をしていた。

 しかし、需給ギャップがプラスに転換して需要不足が解消した以上、需要喚起策は今後有効性が薄くなる可能性がある。需要超過とはすなわち存在する需要に対し、モノを生産したりサービスを提供したりする供給力が足りていない状況だ。別の内閣府幹部は「今後は需要側の対策よりも供給力の強化を行う必要がある」と指摘する。

 その際、課題となるのが幅広い業界で深刻化している人手不足の問題だ。東京商工リサーチが9月8日に公表した調査によると、8月に倒産した企業(負債額1000万円以上)は760件で、このうち人手不足を理由に倒産した企業は54件と、前年同月の33件から大幅に増加した。

 介護や物流といった人手不足が慢性化している業界に加え、コロナ禍からの脱却で外食や宿泊などのサービス業でも人手不足が深刻化している。

 少子高齢化を背景に生産年齢人口が減少する中、人手不足の改善は容易ではない。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの小林真一郎主席研究員は「経済対策を含め、今後の政策では省人化に向けた投資や規制緩和で、いかに人手不足を補う支援を行っていくかが課題となる」と話す。

(2023年9月13日掲載)

【けいざい百景】バックナンバー

けいざい百景 バックナンバー

話題のニュース

会員限定

ページの先頭へ
時事通信の商品・サービス ラインナップ