こんなきついの、もう耐えられないー。入社1年目、警察担当の私は埼玉県警察学校(さいたま市北区植竹町)に体験入校した。炎天下を走り回る警備訓練や、犯人制圧のための逮捕術。1泊2日のわずかな経験だったが、厳しい訓練に立ち向かう学生たちの姿に、今までより少し、警察への親近感が増したような気がした。(時事通信さいたま支局 畑山真帆)
たった5分がこれほどとは…
2023年8月上旬、猛暑日近い気温の中、最初に体験したのは、盾を構え、一定時間姿勢を維持するという訓練だ。私が扱ったのは女子学生用の強化プラスチック製(重さ約4キロ)だが、男子学生はジュラルミン製(約6キロ)を使う。
「1分構えてみよう」という教官に、初任補習科の男子学生は「5分でお願いします」と応じた。上からの攻撃や落下物を避ける「頭上の構え」を取る。手本を示してくれた学生らは、たやすく構えているように見えたが、私の二の腕はすぐに悲鳴を上げた。
まだなの、早くー。祈るような気持ちで「直れ」の号令を待つ。もう下ろしちゃおうー。そんな弱気と葛藤し続ける私とは対照的に、学生たちは涼しい顔で構え続けている。「盾が下がっているぞ」。教官だけでなく、学生からもハッパを掛けられながら、5分間、何とか耐え抜いた。
構えて走る
次は、盾を持って走る訓練。約20メートルを往復するのだが、行きは正面に、帰りは背面に盾を構え続けなければならない。先ほど同様、まずは学生のお手本。「前へ」という教官の声で、横一列に並んだ約40人が一斉に走りだした。ダダダダダッ。現場に突入する機動隊の姿を思い起こす。
列に加わって1往復した。あれ?ちょっとつらいかもー。たった40メートルで呼吸が乱れる。さらにもう1往復。ちょっと苦しい…もう無理かもー。盾を下ろしうつむく私に、学生が「大丈夫ですか」と声を掛けてくれた。
気を使わせてしまい申し訳ない気持ちと、ここで休むのは情けないという気持ちがぶつかる。ぶっ続けでの3往復。ラスト1往復は気合で乗り切った。やっと終わったー。自分では気づかなかったが、このとき、私の顔は真っ白だったらしい。
逮捕術
一休みして柔道場に向かった。「逮捕術」の訓練だ。逮捕術は、柔道や剣道、空手などの技を組み合わせたもの。武道に精通していない人でも、暴漢から身を守り、制圧できるように考案された武術で、剣道で使われるような面・胴・こてのほか、股当てと逮捕術用のシューズを身に着け、2人1組で突きや蹴りを出し合ったり、警棒で打ち合ったりする。
「徒手VS短刀」「警棒VS警杖」などのバージョンもあるそうだが、体験したのは「徒手VS徒手」と「警棒VS警棒」の訓練。共に体験入校した他社の記者と対峙(たいじ)した。防具を身に着けていたって、当たったら痛いでしょー。つい手加減してしまう私を、教官は見逃さない。「3割くらいの力でやっているだろう。もっと力を入れて」と指導を受けた。
本気でやらないと訓練にならないんだなー。そんなことを考えながら蹴り技を繰り出すと、相手からのお返しの蹴りで腹に衝撃を受けた。「うっ…」。防具の上からでも重たい一撃に、思わず後ずさりした。
自由時間、筋トレに励む学生も
警察学校では、午後5時15分から同8時までが自由時間。学生たちは、この間に入浴や夕食を済ませる。だが、自由時間にトレーニングに励む学生も少なくない。大浴場を改修したという筋トレルームをのぞくと、数人が黙々とバーベルを上げていた。
私はというと、とにかく早く夕食を取りたくて食堂へ向かった。この日の主食は「ハニーマスタードチキン」と「白身魚の紅しょうが天」からの選択制。これにパスタサラダ、ひじきと豆煮、ご飯、みそ汁が付く。厳しい訓練の後は甘辛い味が欲しくなり、ハニーマスタードチキンを選んだ。
自由時間後は自己啓発や、あしたの準備に充てる時間で、スマホは禁止。午後10時に点呼があり、午後11時に消灯となる。これは筋肉痛になるなー。そんなことを思ったのもつかの間、疲れからか、横になった途端に眠ってしまった。
筋肉痛で目覚める
午前6時。両腕と両足のひどい筋肉痛で目が覚めた。朝の点呼は40分後。走ってグラウンドに集合し、警察体操を行う。
警察体操は約60年前に制定され、各地の警察学校で取り入れられているという。「日本全国の警察官、もれなくできる体操」なのだそうだ。ラジオ体操と似ている動きもあれば、腕立て伏せのような動作もある。筋肉痛を感じつつ、周りの学生をまねて体を動かした。
体操後は校内を清掃。朝食を取ったら、体験入校最後の授業だ。
最後に学んだのは「救急法」だった。救急隊が現場に到着するまでに実施する心肺蘇生のやり方や、自動体外式除細動器(AED)の扱い方を身に付ける。「もっと強く」。人形の胸骨付近を押し込む私に、教官が声を掛けた。数分で疲れてくるが、今度は「そんなんじゃ救えないぞ」と一喝された。
取材を終えて
体験入校は「学生が警察業務に必要な知識や技術などの訓練を積んでいることを、体験を通じて理解していただいたと思います」という奥勝宏学校長の言葉で締めくくられた。
印象に残ったのは、鼓舞し合い、気遣い合って訓練を乗り切る学生たちの姿だ。学校生活は厳しいものと思うが、取材では「想像よりも過ごしやすい」「辞めたいと思ったことはない」という声が聞かれた。
家族に警察官がいるという学生は少なくなかった。岡本美乃巡査(19)もそんな一人だが、志望したのは、子どものころ、とある事件に巻き込まれたことがきっかけという。「『落ち着いて』と声を掛けてくれた女性警察官がかっこよく見え、自分もそうなりたいと思った。若いのに人生を諦めるような困っている少年を助けたい」と少年課への配属を希望していた。
警察担当記者になって半年。取材で失敗してしまうことも、ないではない。「警察官とどう話せばよいのか」。そんなふうに悩むこともあったが、これからは、体験入校で出会った学生を思い出そうと思う。