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「ゆうき」君のマリオ、数十年ぶり返却◆思い出のカセット博物館【時事ドットコム取材班】

2023年09月18日08時30分

 子供の頃、カセット型のゲームソフトに自分の名前を書き、大事にしていた記憶はありませんか。そんなソフトを当時の思い出とともに持ち主に返すという、風変わりな活動を続けるネット博物館があります。開館から7年。持ち主が判明したケースは少ないですが、今回、貴重な「5人目」への返却の様子を取材することができました。(時事ドットコム編集部 太田宇律

 【時事コム取材班】

1500点超の「名前入り」

 「名前入りカセット博物館」の館長は、東京都世田谷区のゲーム開発者、関純治さん(50)。任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」を中心に、1500点を超える「名前入り」のソフトやゲーム機本体などを自宅に所蔵し、一部をウェブ上で写真付きデータベースとして公開している。

 若いころから熱心なゲームコレクターだったという関さん。1000種類以上あるファミコンカセットを全て集めようと考えていたが、敬遠されがちな「名前入り」をあえて収集するようになったのは、2003年10月。出張で訪れた米国で1本のカセットと出会ったことがきっかけだ。

「外国人も書くんだ」

 ふらっと立ち寄った米サンディエゴの中古ゲーム店で見つけたそのカセットは、現在もヒットしている「ゼルダの伝説」シリーズの初期作品。海外版のファミコン用で、珍しい金色がコレクター心をくすぐったが、汚れが目立ち、裏側には黒いペンで「Teresa」と名前らしき書き込みがあった。

 「名前入り、箱なしで1400円・・・高いなあ」。悩んだ末に購入を見送り、店を出たが、少し歩いてふと気付いた。「外国人も名前書くんだな」。日本独特と思っていたカセットへの記名が世界共通の行動だったことに、はっとすると同時に「名前入りこそ、世界に一つしかない貴重なものなのではないか」との考えが浮かび、急ぎ店に引き返した。

 コレクションが充実するにつれ、「いずれは持ち主のもとに返せたら面白い」と考えるようになったといい、2016年、ウェブ上に博物館を開設。これまで10件ほどの問い合わせが寄せられ、元少年の「山口」君や「小笠原」君ら4人に返還した。

「ゆうき」くんのドクターマリオ

 「5人目」として名乗り出たのは、神奈川県厚木市の会社員、小嶋友樹さん(39)だ。小嶋さんは23年5月、仕事から帰って居間で食事をしていたとき、テレビ画面にくぎ付けになった。「これ、俺のカセットじゃないか?」

 放映されていたのは、名前入りカセット博物館の所蔵品を紹介し、持ち主を探す生放送の深夜番組。カセット裏面にひらがなで記載された「ゆうき」の文字は黒く塗りつぶされ、脇に知らない子の名前が書かれていたが、「字体や位置にはっきり見覚えがあった」。すぐに生放送中の番組に電話をかけたという。

数十年ぶりの対面

 「うわっ、これ絶対そうだよなあ!」。23年9月10日、家族5人で関さん宅を訪れた小嶋さんは感嘆の声を上げた。手にしたのは1990年7月発売のパズルゲーム「ドクターマリオ」。小学校に上がる前後に「誕生日プレゼントの前借り」として買ってもらった記憶があるという。当時は近所の友だちとカセットを貸し借りすることが多く、「ゆうき」という名前は紛失しないよう母親が書いてくれたそうだ。

 大事なプレゼントが手元を離れた理由ははっきりしないが、「売った記憶はない」と話す。「当時、友達のお兄ちゃんが近所の子供を集めて、カセットの転売会のようなことをやっていた。そのとき手放してしまったか、友達に貸したまま返ってこなかったのかも」。娘から「これ、本当にパパのなの?」と聞かれると、小嶋さんはじっとカセットの文字を見詰め、「そうだと思う」とつぶやいた。

 カセットをその場でファミコン本体に差し込んでみたところ、問題なく起動した。「いやあ、懐かしい!」。声を上げた小嶋さんは「隣に住んでいた同級生と毎日のように遊んでいたのを思い出します」と感慨深げ。当時の自分と同じ年くらいの娘たちに遊び方を教え、さっそく対戦を始めた。

 「ゲームに古い、新しいはない。面白いかどうかだけ」。小嶋さん親子が遊ぶ姿を眺め、そう話した関さん。「大好きなゲームカセットを通じ、子供のころの思い出を共有できるのが活動の醍醐味(だいごみ)。今後も『世界に一つ』の収集を続けていきたい」と力を込めた。

返却時の「3つの条件」

 博物館から返却を受ける際には、関さんが決めた「3つの条件」を満たす必要がある。①カセットは郵送せず、原則手渡しで返却する②カセットは持ち主が自由に決めた金額で買い取る③カセットにまつわるエピソードをサイトなどで紹介させてもらうーだ。

 いたずら防止などが目的だが、「子供時代と現在の自分との変化に思いをはせてもらい、当時の思い出のエピソードをみんなで楽しめるようにするため」でもある。これまでに返却した4本の買い取り額は、最安値が150円で、最高値は3000円。「亡くなった父親が子供部屋に来てよく遊んでいた」などのエピソード付きだ。

 小嶋さんはこの日、無事、持ち主と認定され、1000円でドクターマリオを持ち帰った。自宅にファミコン本体はないが、「思い出の品として、大事に飾る」という。

 気になるのは、「ゆうき」の脇に書かれていた「かげたともや」君の存在だ。小学校の卒業アルバムを見返したが、該当する名前はなかったという。もし、「かげた」君が、自分のカセットだと名乗り出た場合は? 「そのときは…オークションですかね」。関さんの言葉に笑いが広がった。

カセットに詰まった思い出

 2023年9月現在、博物館のデータベースで写真を検索できるのは所蔵品のうち900点あまり。名前だけでなく、住所や電話番号が書いてあったり、シールが貼ってあったりするカセットも収蔵されている。「かんちんてい」や「3501」など、意味がよく分からない文言や数字が記載されたものや、日付と共に「バースデイプレゼント」と書かれたほほえましいものなどは、背景を想像するのも楽しい。

 記者は37歳。子供時代はファミコンの後継機「スーパーファミコン」で遊んでいた1人だが、当時持っていたカセットは大半が散逸してしまった。試しに博物館で自分の名前を検索してみると、「おおた」と書かれたカセットが見つかったが、残念ながら、私のものではなかった。

 サイトは「名前入りカセット博物館」で検索。データベースにない収蔵品も、博物館の公式SNSで見ることができる。

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