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「私生きるんだ」という欲求刺激 マリオン・バルボーさん、映画『ダンサー イン Paris』主演【インタビュー】

2023年09月09日12時00分

バレエライター・森菜穂美

 世界最高峰のバレエの殿堂、パリ・オペラ座でトップダンサーの地位を勝ち取ったバレリーナ。しかし、舞台上で大けがをしてしまい、キャリアを断たれてしまったと途方に暮れていた矢先、彼女は思いがけない出会いによって新しい扉を開くことに…セドリック・クラピッシュ監督の最新作『ダンサー イン Paris』で女優デビュー・映画初主演にして、セザール賞有望若手女優賞にノミネートされたのが、主人公と同じパリ・オペラ座バレエ団で現役ダンサーとして活躍するマリオン・バルボーさん。最高位エトワールの一つ下の階級で主要な役を踊るプルミエール・ダンスーズであるバルボーさんに本作への思いについて語っていただいた。

【今月の映画】『ダンサー イン Paris』(ベルギー・フランス)

自身もパリ・オペラ座バレエ団ダンサー

 主人公エリーズは、パリ・オペラ座のダンサーという設定だが、“本人役”のダンサーや振付家も登場するなど、虚実入り乱れている。演じる側として難しい点はあったのだろうか。

「私にとってこの映画での演技はチャレンジではあったのですが、とても自然な感じでした。私がダンサーで、踊ることは私の得意なことだったので、演技する中でも助けになりました。クラピッシュ監督もダンサーの真実、日常の姿をできるだけ捉えたいと思っていたので、私が起用されたわけです。エリーズとの類似点は、クラシックバレエを踊っていれば当然そうなるのですが、とても努力家ということ、どんなことがあっても諦めないこと、ポジティブであること、周りの人たちに対して好奇心を持っているところで、私と自然な形で合致していたと思います」

誰もが恋してしまう振付家との出会い

 本作で、エリーズにクラシックとは全く異なるダンスとの出会いをもたらしたのが、本人役で出演している、イスラエル出身の気鋭の振付家ホフェッシュ・シェクターさんだ。シェクターさん自身、パリ・オペラ座バレエ団に振付作品を提供しており、本作の撮影以前にもバルボーさんと仕事をしたことがあった。

「彼が初めてパリ・オペラ座に来た時、彼の作品のオーディションがありました。その時は彼に会いたいという一心で、課題のダンスはとても難しい作品でしたが、努力して準備をしました。実際オーディションを受けると、みんなが彼に恋をしてしまうほどチャーミングな人でした。とてもユーモアもあるし、そのエネルギッシュなところが私たちにも伝染してくるようなポジティブな力強さを持っている方です。彼の中にはスピリチュアルな部分と土着的な部分の両方があり、超越したものを常に追求している人なのです」

「この映画の中で好きなシーンは、ブルターニュのアーティストレジデンスで稽古をしている場面です。私はここで初めてコンテンポラリーダンサーの中に自分が溶け込んで、わが身を忘れるような形で一緒に踊るのですが、その感覚が素晴らしかったですね。終盤にステージで私がアドリブでソロを踊っている時は撮影の時も感動しましたが、完成した映画を見てみたらフラッシュバックで父親役のドゥニ・ポダリデスさんの顔や、彼の頭の中での回想が私のダンスに重なっていて、そこもとても感動的でした」

ダンサーとしての挫折が演技の深みに

 主人公のエリーズは、劇中で大けがをしてしまったことで、ダンサーとしての挫折を味わった。パリ・オペラ座バレエ団では、毎年昇進試験があり、芸術監督によって任命される最高位のエトワール以外は、この試験によってのみ昇進が決まる。バルボーさんも入団以来、この試験を受けてきて、挫折感を味わったこともあった。

「彼女のように『クラシックを踊れなくなるのでは?』と思うようなけがを幸い私は経験しなかったので、そこは女優として解釈して演技することが必要とされた部分です。その代わりに私は、何回もオペラ座内の昇進試験に落ちています。試験のために努力をして挑んできましたが、失敗すると周囲もがっかりさせることになります。次の試験まで1年待たなければならず、挫折感は少なからず味わってきました」

 バルボーさんは本作に出演した後、一年間サバティカル(長期休暇)を取得してシェクターさんの公演に参加、さらに他のコンテンポラリーダンス(現代舞踊)の振付家の作品も踊るなどの活動を行った。今はパリ・オペラ座に復帰しているが、今後はどのような活動に取り組んでいくのだろうか。

「私はこれまでの人生とは違う、新しい人生の新しい段階を今まさに生きているという感じがしていて、それが気に入っています。映画も情熱をもって取り組んでいきたいし、コンテンポラリーの振付家との仕事も続けたい。演劇もやってみたいという思いが今私の中に芽生えています。日本も大好きで、今年はシャネルのショーの仕事やワークショップを教えるために来日しました。長期間の文化交流という形でコンテンポラリーダンスを通して日本の皆さんと交流できたらうれしいです」

ダンスへの理解深めてもらえる作品

 作品に対する思いをバルボーさんが語る姿にはダンスへの情熱と、前向きなエネルギーが込められていた。

「この映画から皆さんきっと、すごいパワー、エネルギーを受け取られると思います。私たちの撮影そのものがエネルギーにあふれていて、とても明るい雰囲気で俳優たちもお互いへの好奇心に満ちあふれていて、みんなの心が一つになってクリエーティブな現場でした。映画館を出たら、私踊ってみたい、とにかく私生きるんだと、生きることへの欲求が刺激されると思います」

「私はこの作品を撮り終えて、ダンサーとしてこの作品を誇りに思っています。ダンス映画ではライバル心や不安が強調されることが多かったのですが、この作品はダンサーの日常を正確に表現していて、ダンサーたちの間の連帯感も描写されているので、ダンスへの理解を深めてもらえると思います」

マリオン・バルボー 1991年、フランス生まれ。6歳からダンスの専門教育を受け、その後、パリ・オペラ座付属のダンス学校入り。2008年に正式団員となり昇格を重ねて、19年にプルミエール・ダンスーズに。クラシックだけでなくコンテンポラリー・ダンスにも力を入れる。今作で女優デビューも果たした。

※9月15日(金)から東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
(2023年9月9日掲載)
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