2022年9月27日、政府が主催する故安倍晋三元首相の「国葬」が日本武道館で執り行われた。反対デモの喧騒とものものしい警備の一方で、安倍氏の突然の死を悲しみ、献花場に列をつくる人たち。日本中が異様な空気に包まれた1日を、『なぜ君は総理大臣になれないのか』(20年)などのドキュメンタリーを手掛けてきた大島新監督(54)が記録した。東京や奈良、山口など10都市で取材した映像素材を編集し、浮かび上がった現代日本の「分断」の実相とは―。大島監督に話を聴いた。(時事ドットコム編集部 小松晋)
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構想が固まったのは3日前
首相退任後も政界に絶大な影響力を保っていた安倍氏が、参院選の応援演説中に聴衆の面前で銃撃、殺害されるというショッキングな事件。国葬の決定当初は理解を示す声も多かったが、巨額の国費が投入されることや、安倍氏と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との関係に注目が集まったことで、世論調査では徐々に「反対」が「賛成」を上回るようになった。
大島監督がこの作品を着想したきっかけは、元日本赤軍メンバーの足立正生氏(84)が監督した映画『REVOLUTION+1』だった。安倍氏を銃撃した山上徹也被告を題材にしたこの作品は、フィクションではあるものの公開前から物議を醸し、上映中止に追い込まれる映画館も出ていた。
「岸田文雄首相が国葬を閣議決定したことに反対の声が高まり、何かできないかとは思っていたけど、方法論が思いつかず、ずっともやもやしていた。そんな時に足立監督の映画が国葬当日に公開されると聞き、その上映会の様子を撮りたいと思ったんです。老齢の監督が批判も覚悟でああいうチャレンジをされることに、胸を打たれました」
ただ、上映会だけで1本の作品になるかは不安があった。日本各地に撮影班を配置し、国葬が行われる1日をさまざまな視点で記録してはどうか―。そんなアイデアが浮かんだのは国葬のわずか3日前だった。
「世論調査では賛成4割、反対6割というけど、そこにどれだけ確固たる意志があるのか、いつも僕は疑っていた。『どうやら反対が多いようだから自分も反対』という人だってきっといるだろう。たくさんのサンプルを集めることによって、そうした『グラデーション』のようなものが浮かび上がってくるんじゃないかと考えました」
自身が設立した製作会社「ネツゲン」の3人に加え、旧知のディレクターらに片っ端から声を掛けた。スケジュールが埋まっていると断られた人もいたが、今回のメンバーはみんな「面白い。やりましょう」と引き受けてくれた。
予想を超えた結果に困惑
「悔しいよね…。逆恨みみたいなね…」。国葬当日の朝、小雨の降る山口県下関市。安倍晋三事務所の前で記者たちに囲まれた男性は、やり場のない怒りを飲み込む。同じ頃、東京・上野のパチンコ店では開店を待つ行列が出来ている。京都の平安神宮前で屋台イベントの片付けをしていた若い男性は、国葬が行われること自体を知らない。「大統領やってたんやし、ええんちゃうか、とかもあるし、よう分からんです」。賛否を聞くとそんな答えが返ってくる。
映画『国葬の日』には、普段と変わらない日常を生きる人たちの飾らない肉声が散りばめられている。賛否の間に横たわる「グラデーション」を描き出そうとした大島監督の狙いは一見、的中したように思える。しかし、撮影素材を初めて見た監督は、この結果に「困惑した」という。
「『反対』『賛成』を強い姿勢で表明している人もいたけど、どちらでもない人の数の多さに、たじろぐものがありましたね。そもそも興味がないという人もたくさんいた。『お上が決めたことだから』と流されやすい国民性というか、日本人の持つ『個』の弱さといった部分が見えたなと。ある程度予想は付いてはいたけど、ここまでかと…」
監督自身は、国葬に反対の立場だ。「安倍さんが撃たれたという一報が入った時は、オフィスで仕事をしていました。打ち合わせから戻って『亡くなった』というニュースを知りました。すごくショックでした。私は安倍さんを政治家としては支持していなかったけど、亡くなってほしくはなかった。これによって社会が良くない方向に変わっていく可能性があるんじゃないかという思いが強くありました。あれだけ著名な政治家が亡くなると、当事者にそんなつもりがなくてもある種の『政治利用』が起きる。直後の参院選もそうだった。そういうことも含めて、安倍さんだからじゃなくて、あらゆる政治家を国葬で葬ることに反対なんです」
そうした監督自身の思いが、作品の中で声高に語られることはない。むしろ強調されるのは、この作品を撮り終えて「困惑した」という、多くの日本人の「無関心さ」である。いくつかのテロップで示される数字が、その「困惑」を静かに代弁している。「今回の作品は、見た人の感想とともに映画が完成すると思っているんです。観客の皆さんに解釈を委ねる。映画表現としてはその方が豊かなことだとも思っています」
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大島 新(おおしま・あらた)1969年神奈川県生まれ。ドキュメンタリー監督、プロデューサー、95年早稲田大学第一文学部卒業後、フジテレビに入社。「NONFIX」「ザ・ノンフィクション」などドキュメンタリー番組のディレクターを務める。99年にフジテレビを退社し、フリーランスとして活動。2009年に映像製作会社ネツゲンを設立。小川淳也衆院議員の17年を追った監督3作目の『なぜ君は総理大臣になれないのか』(20)で第94回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第1位などを受賞。父は映画監督の大島渚さん、母は女優の小山明子さん。
※9月16日(土)から東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開
(2023年9月16日掲載)
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