首相の「専権事項」と言われる衆院の解散権。最近では、党利党略に基づく行使も目立つため、野党からは「乱用」批判が出ている。解散権の在り方はどうあるべきか。現在、大正大特任教授を務める片山善博元総務相に見解を聞いた。(時事通信政治部 大津寛子)
不見識解散、国民が「鉄つい」を
―最近の衆院解散をどう見ているか。
全体的に緊張感がない。国権の最高機関、その中でも優位にある衆院の解散は、国会議員の首を切るわけで、国家権力の土台を崩す作業だ。これがいかにも軽々しく行われている。また、政権交代の可能性がある機会なのに、国民の中に緊張感や期待感がない。
―「軽い」とは大義がないということか。
衆院解散は国家権力の屋台骨を破壊する行為だから、やはり意義や、何のために国民の選択に委ねるのかという意味付けは必要だ。例えば、2017年の安倍晋三元首相による「国難突破解散」など、取って付けた感がすごく強かった。ただ、大義や意義とは人によって違うから、この基準をクリアしたから解散していいという話にはならない。
肝心なのは、受け手である国民の意識の問題だ。もし国民が賢明であれば、まやかしの理由で解散するなら鉄ついを食らわすことも可能だ。そうすると、政権もいいかげんな解散ができなくなる。つまり、国民の意識の問題と、選択肢としての野党が政権を担える準備ができているか、どれくらいの実力を持っているかの兼ね合いだ。
不見識な解散には国民が鉄ついを食らわすという政治土壌があれば、政権の方も緊張感を持つ。残念ながら今、わが国はそれがない。
―どうすべきか。
国民が政治について常に自分で考えることだ。そのための素養を身に付ける必要がある。
政界の人材不足に警鐘
―野党も問われる。
政権交代の選択肢になり得ていないという大きな問題を抱えている。それにもかかわらず、現状に甘んじているようではいけない。
―なぜか。
人がいない。与党にもいないが、野党にもいない。国民に対する訴え方や政治の論点提示も上手くない。
―人材不足の背景は。
今の政治に魅力がないからだ。まともな人にとっては、ばかばかしいと感じるのではないか。選挙のやり方も政党が工夫した方が良い。今の選挙では、自分がいかに優れた人材かを自分でアピールするが、日本の社会ではそのやり方には違和感が強い。政党がちゃんと人を選び、有権者に勧める方がしっくりくるのではないか。世襲議員が多いなど、今は政党が人材集めでも機能していない。
7条解散、立法者は想定せず?
〈衆院解散に関する憲法の規定は、内閣の助言と承認に基づく天皇の国事行為の7条と、内閣不信任決議案が可決または信任決議案が否決された場合に内閣が取り得る対抗措置の69条がある〉
―現行憲法の施行後に行われた衆院解散は、大半が7条解散だ。
7条解散の是非は、憲法をどう解釈するかだが、1960年のいわゆる苫米地事件訴訟で、最高裁判所は7条解散について「裁判所の審査権の外にあり、政治の判断に委ねる」として、憲法違反かどうかの判断を回避した。つまり、合憲とも言わなかった。しかし、憲法81条に「最高裁は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所」と定められている。判断を下すべきで、最高裁の職務怠慢だ。
一定の制約、改憲で
―解散権に制限をかけるべきか。
がちがちに決めて、不信任以外で解散できなくすると、前の選挙時に一切争点として挙がっていなかったことが起きて、国民の審判を仰ごうという場合に、解散できず不便だ。しかし、今の7条解散がまかり通って何でもありではなく、何らかの制約を加えた方がいい。世論調査(の結果次第)で、今やれば有利だから解散するという姑息(こそく)なやり方が排除されるような憲法の文言があればいい。
その際、衆院議長を務めた保利茂氏の1979年の見解が目安になる。解散は、憲法69条とほぼ同じような事態、つまり重要法案の否決などで政局が行き詰まった場合や、前回の総選挙で与野党が想定していなかった重要課題が争点に浮上し、国民の判断を仰ぐ必要がある場合に限られるべきという、保利氏の見解の趣旨を書き込んだらどうか。
―法整備ではなく憲法改正で対応すべきか。
そうだ。憲法の書きぶりには工夫の余地があると思う。それを書いておけば、裁判所が憲法の条文に合致しているかどうかの判定がやりやすくなる。
もっとも、政治家たちに良識と見識があれば、今のままでも差し支えない。しかし、現実には政治家の資質や国民の意識、野党の実力など欠落しているものがあまりにも多すぎる。議論が必要だ。
片山 善博氏(かたやま・よしひろ)1951年生まれ。東大法卒。旧自治省府県税課長、鳥取県知事などを経て、民主党政権で総務相。2022年4月から大正大特任教授。岡山県出身。
(2023年9月29日掲載)
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