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LGBT「意識啓発だけでは解決しない」 青学大・谷口洋幸教授に聞く【政界Web】

2023年09月01日

 LGBTなど性的少数者への理解増進法が6月23日に施行され、啓発活動などに関する政府や地方自治体の役割が規定された。だが、青山学院大法学部の谷口洋幸教授は「歴史的、社会的に偏見を持たれてきた人がいるという状況は、意識啓発だけでは解消しない」と明言する。では何が必要なのか。国際人権法を専門とする谷口氏に話を聞いた。(時事通信政治部 真島裕)

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【目次】
 ◇生きづらさ理解を
 ◇差別発言は「言葉の暴力」
 ◇差別を想定した制度づくりを
 ◇差別禁止法と国内人権機関

生きづらさ理解を

 ―LGBT当事者を巡る現状は。

 今の大学生は中学、高校でLGBTについて学び、言葉としての理解は浸透している。ただ、当事者の生きづらさはいまひとつ理解されていない。家庭や職場でカミングアウトして生きるとか、パートナーを紹介することができない状況は続いている。

 ―自治体はパートナーシップ制度の制定を進めている。

 自治体が同性同士のパートナー関係や、LGBTの生き方を公的に承認する意味はすごく大きい。ただ、結婚や家族に関する制度・利益は全て国レベルで決まっているので限界がある。
 例えば結婚や、結婚に付随する相続の権利や税法上の優遇などが該当する。最近話題になるのは、犯罪被害者給付金や刑事裁判への参加制度など、家族として当然認められるはずの権利がないことだ。

差別発言は「言葉の暴力」

 ―今年2月、首相秘書官の差別発言があった。

 正直「またか」という感じだった。差別的な意識や偏見を無くしましょうという意識啓発活動は20年以上取り組まれてきた。そうした中、最も意識が変わっていないのは政治家や官僚だ。
 20年経過しても「本音を言ってもいい」という意識が政府の人間にある。意識啓発や理解増進の政策の限界をむしろ証明したという皮肉的な感想を持った。

 ―政治家や官僚の意識はなぜ変わらないのか。

 海外ではLGBTに限らず人権を軽視するような発言をした政治家は政治生命が絶たれたり、国によっては刑事責任が問われたりする場合もある。
 日本はすごく緩く、単なる失言というレベルになってしまう。差別発言は失言ではなく、言葉の暴力だ。「ついうっかり失言した」というレベルでしか認識されない日本の現状と、それにあぐらをかいている政治家らの意識もあるのではないか。

 ―意識啓発の限界とは。

 「意識が変われば社会が変わる」というのは幻想に過ぎない。歴史的、社会的に偏見を持たれてきた人がいるという状況は、意識啓発だけでは解消しない。嫌悪感を持つことがいいわけでも、仕方が無いわけでもない。これはいろんな差別・人権問題に言えることだ。

差別を想定した制度づくりを

 ―LGBT理解増進法は、超党派の議員連盟による原案から修正を重ねて成立した。

 自治体や事業者が取り組みを進める際に法的な根拠ができたことは大きい。特に自治体が主催する講演会や学校との連携では、どうしても反対意見が出る。その時に「法律に基づいている」と言えるようになったのは大きな前進だ。
 ただ、修正で加わった条文の留意事項には注意が必要だ。

 ―同法12条には、措置の実施に当たり「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」と書いてある。

 ロシアや東欧では、子どもや伝統的な価値観を守るという目的で、公の場での(LGBTへの)肯定的な発言や学校でのビラ配布などが禁じられている。
 日本でもこの条文がLGBTの施策をストップさせる方向で使われる危険性があり、注意しなければいけない。

 ―理解増進に向け必要なことは。

 「いろんな生き方をしている人がいることを理解しましょう」というのは全く無意味だ。
 例えば「同性を好きになることを理解しましょう」ということを理解できない人はできないし、体験できない人はできない。
 ただ、そういう生き方に対し、侮蔑的なことを言ってはいけないとか、差別的な処遇をしてはいけない。こうした基本理念に立ち返って理解を進めていかないと、今までと同じことの繰り返しになる。
 日本の議論を見ていると「差別が起きることがよくないので、差別を無くそう」という方向に行ってしまう。その考え方は差別を理解していない。差別は起きるし、意図しないところで差別的な状況を作り出してしまうことはあり得る。それを想定した制度を作る必要がある。

差別禁止法と国内人権機関

 ―求められる制度とは。

 最も重要なのは包括的な差別禁止法を制定することと、「国内人権機関」(裁判所と別に人権侵害からの救済と人権保障を推進するための国家機関)を設置することだ。
 欧州はじめ多くの国でLGBTに関する政策が進むところは、全般的に人権政策が進み、差別に対する政策も進んでいる。日本は人権保障や差別解消に向けたきちんとした法律もなければ制度も整っていない。
 日常生活の中で起きうる問題について、第三者機関の相談窓口を設置するなど国レベルできちんと取り組む必要がある。「国内人権機関」設置には、国連も日本政府に勧告して求めており、先進7カ国首脳会議(G7サミット)でも採り上げられている。

 【略歴】
 
谷口 洋幸氏(たにぐち・ひろゆき)2005年に中央大大学院法学研究科博士課程修了。高岡法科大教授、金沢大国際基幹教育院准教授などを経て、21年4月より青山学院大法学部教授。18年11月から国際人権法学会理事を務める。

(2023年9月1日掲載)

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